『ゴッド・スパイダー』
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<東北の本棚>人工クモ糸を巡る攻防
[レビュアー] 河北新報
自然界のクモが生む繊維は、鋼鉄の5倍もの強靱(きょうじん)さとナイロンを上回る伸縮性を併せ持つ。人工的に合成できれば自動車、航空機、医療、建築とさまざまな産業に利用され、生産段階での環境負荷も少ない「夢の素材」だ。この新素材を巡る研究者らの情熱と失望にハッカーの暗躍も絡め、仙台市在住作家がテンポのいい群像ミステリーに仕立てた。
北海道の大学研究室で人工クモ糸の量産化をテーマに研究を続ける日々野は、突然飛び込んできたニュースに耳を疑う。日本のベンチャー企業が世界に先駆けて量産の成功にこぎ着け、その経営者は同窓の友人片桐だったからだ。落胆を押し隠し、3年ぶりに連絡を取る。
地方紙「仙台新報社」の記者広瀬は、ネット通販サイトが公表しないサイバー攻撃の真相を追っていた。その妻、真澄は学生時代に日々野、片桐らと一緒にクモ糸研究に打ち込んだ理系主婦。広瀬は夜ごとに外出する妻の不可解な行動を怪しんでいた。一方、片桐の会社はハッカーの侵入を許し、産業機密喪失の危機にあった。片桐はかつて、ハッキングによって研究データを失う痛恨の過去を抱えていた。
ハッカーと聞くと、高度な知識と技術を悪用してコンピューターに不正アクセスする犯罪者のイメージがあるが、実際にはその能力を生かし、セキュリティーの不備を知らせる善意の「ホワイトハット・ハッカー」も存在するという。クモ糸研究の学問分野である、生物の形態や機能を現代のテクノロジーに応用するバイオミメティクス(生物模倣)も分かりやすく解説され、小説の展開とともに興味をかき立てる。
片桐の機転、日々野の再起など一人一人のエピソードを効果的に織り交ぜ、クモの網を思わせる精緻な物語を組み上げた。
著者は1959年栗原市生まれ。2002年「滅びのモノクローム」で江戸川乱歩賞。
講談社03(5395)5817=1620円。