『奇跡の醤(ひしお)』
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<東北の本棚>再生目指す苦闘と葛藤
[レビュアー] 河北新報
東日本大震災で被災した陸前高田市の醤油(しょうゆ)メーカー八木沢商店が再生するまでを描いたドキュメントだ。市街全域を襲った津波により、江戸後期1807年創業の老舗は醤油造りの命ともいえる「秘伝のもろみ」をはじめ、製造施設すべてを失った。震災直後に父から経営を託された若き9代目社長が「マイナスからのスタート」を切る。ライターを目指す著者が挑んだ初の著書。4年半に及ぶ綿密な取材力から、商店の苦闘や葛藤がひしひしと伝わる。
前半は3.11の地震と津波襲来の描写から始まる。「この先、廃業するとか、明日からどうするとか、そういうことじゃなくて『ああ、終わったな…』って思いました」。高台に避難し、土蔵と工場が水しぶきを上げ津波にのまれていくさまを見た社員がつぶやく。4日後、9代目は一時解散を決めた社員を前に再建を誓う。「大切にしてきた蔵や微生物を失いましたが、一番の宝物は残りました。それは社員の皆さんの命です」。長い道のりが始まった。
被害総額2億円以上。残った資産はトラック2台だけ。社員37人のうち25人が自宅を失った。言葉や気力だけではどうしようもない現実がのしかかる。だが、光明が。200年以上受け継がれたもろみが、岩手県の研究施設に保管されていたことが判明。培養し、「奇跡のもろみ」として待望の醤油造りが始まる。
2012年10月、隣接する一関市大東町に工場を新設。1年後に商品出荷にこぎ着ける。伝来のもろみで仕込んだ品はさらに1年後に初出荷。震災前の味にはまだ及ばないというが、手応えをつかんだ醤油を味わいたくなる。
著者は1975年神奈川県生まれ。実践女子大卒。有機農産物宅配会社に16年間勤めていたときに八木沢商店を知った。「困難に全力で立ち向かう商店の姿を通し、働くこと、生きることの意味を伝えたい」と話す。
祥伝社03(3265)2081=1836円。