横浜駅が自己増殖!?デビュー長編にして本格SFの快作
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
横浜駅が現在の場所で開業したのは1928年のこと。以来ずっと工事中なので、日本のサグラダ・ファミリアとも呼ばれているらしい。いったいなぜ完成しないのか? それは、横浜駅がひとつの生命体だからである―という冗談ツイートから生まれたのが、柞刈湯葉のデビュー長編『横浜駅SF』。第1回カクヨムWeb小説コンテストのSF部門大賞を受賞し、昨年末、書籍化された。
ネット連載中から大評判だったので題名と設定はぼんやり知っていたものの、どうせコントの集積みたいなものだろうと、正直タカをくくってました。ところが、書籍化に際してコメントを求められ、現物を読んでみて仰天。たしかに爆笑もののネタがてんこ盛りだが、その奇想を支えるSF的な理屈とディテールがすばらしくよくできている。
舞台は、“冬戦争”から数百年を経た未来の日本。戦時中、鉄道網をベースに発達した巨大人工知能、JR統合知性体を構成するノードのひとつである横浜駅の自己修復システム(構造遺伝界)が暴走し、無限増殖を開始。自動改札やエレベータや通路などの駅設備を次々に自動生成して巨大な階層都市へと成長し、ついには横浜駅が本州の99パーセントを占有することに。青函トンネルと関門海峡では、JR北日本とJR福岡が必死の防衛戦を続けているが、本州では、ほとんどの人間が体内のICチップ(Suika)に管理されてエキナカで暮らしている。
主人公の三島ヒロトは、海岸沿いにわずかに残るエキソトの土地で生まれ育った青年。エキナカを追放された男から、5日間有効の18きっぷを託され、生まれて初めて横浜駅への侵入を果たす。目的は、全ての答えがあるという、42番出口を探すこと。かくして、人類全体の命運をも左右する、横浜駅構内400キロの旅がはじまる……。
ヒロトは旅の途中、少年の姿をしたネップシャマイや特別仕様の少女型ボディを持つハイクンテレケ(ともにJR北日本の工作員)、人類解放をめざすキセル同盟のリーダー・二条ケイハなど、様々な人物と出会い、それを通じて世界(=横浜駅)の全貌が少しずつ見えてくる。著者自身も語るように、物語の骨格は椎名誠『アド・バード』が下敷きだが、異世界の魅力は本家に勝るとも劣らない。冗談や言葉遊びを極めることが感動につながる点では、円城塔や酉島伝法の作風とも近い。ネット発の小説なんて……と思っている人にこそ読んでほしい、本格SFの快作だ。