『ブラインド・マッサージ』
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盲人たちを通して描かれる 恋する心のメカニズム
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
〈故郷に帰って店を開き、愛する小孔を店のおかみさんにするのだ〉。その一心でマッサージの腕を磨き、懸命に働いたのに、株に手を出し、せっかく貯めた金を失ってしまった王先生。彼は恋人の小孔を連れて、かつての同級生・沙復明が張宗琪と共同出資で開いたマッサージセンターへ赴き、職を得るのだが―。中国で二十万部を超えるベストセラーとなり、映画化もされている畢飛宇の『ブラインド・マッサージ』は、盲人が登場人物のほとんどを占める小説だ。
目が見えない王先生らが他の感覚すべてを使って、愛する人や世界をとらえていく筆致が見事だし、何よりも自尊心が大事で、〈他人に借りを作りたくなかった。誰に対しても。親切な兄弟姉妹であっても〉と堅く心に誓う、障碍者だからこその矜持を描いて、まずは、そこに胸を打たれる。でも、実はこの小説の中核にあるのは、そうした盲人ならではの特殊性ではなく、恋する心のメカニズムという普遍性なのだ。
王先生と小孔。小孔に恋心を抱いてしまう、無口なイケメン・小馬。はっとするほど美しい都紅。そんな彼女に片思いする復明。愛する人との結婚式を至高の目的としている金嫣。経験した悲恋が中国全土の盲人の間で話題となり、その“物語”ゆえに金嫣から猛烈なアタックを受けることになる泰来。作者は、彼らの心の奥に分け入って、どのように人は恋に落ち、どんな理由で高揚したり失望したりし、恋愛に何を求めるのかを、科学者のような厳密さをもって分析していくのだ。そこがユニーク。とりわけ、金嫣の結婚式への執着ぶりを描いた第十一章は抱腹絶倒間違いなしだ。
当たり前のことだけれど、障碍者を主人公にしているからといって艱難辛苦ばかりが描かれるわけではない。悲しみも切なさも苦しみもおかしみも歓びも、健常者と同じようにある。いや、目が見えない分、敏感に、繊細に、ある。そのことを伝えて雄弁な長篇小説なのだ。