宮部みゆき 書評「大御所キング様の発言集」―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

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宮部みゆき 書評「大御所キング様の発言集」―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

 キングの『キャリー』に出会わなかったら、小説を書くことはなかっただろう」――スティーブン・キングに多大な影響を受けた宮部みゆきさんが、キングの発言集『悪夢の種子』を興奮気味に紹介している秘蔵エッセイ。

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 作家の評伝や作品の評論集、もしくは小説家が書いたエッセイ集というのはあまたありますが、本書のような「作家の発言集」というものは、かなり珍しい存在だろうと思います。ましてやそれがアメリカン・ホラーの大御所スティーヴン・キングのものであるとなると、彼のファンのみならず、キングのような作品を書いてみたいと思っている人、キングに影響されて小説を書き始めた人にとっては、一種の虎の巻的な価値を持つものとなるでありましょう。

 かく申しますわたしも、キングの『キャリー』に出会わなかったなら、小説を書くことはなかっただろうと思うほどのキング教信者のひとりでありまして、かなり大部の著作であるこの『悪夢の種子』を、たいへん興味深く楽しく読みました。ひたすら邦訳の出版を待つ身の一読者としては、彼が自作について舞台裏を明かすような話をしてくれる部分が嬉しかったですし、海のこちら側でワープロを叩きつつ物語をひねりだしている小説家のひとりとしては、「おお! キング様でさえそうなのか!」と心強くなるような台詞をあちこちで見つけ、ひとりほくそえんだりしてしまった次第です。

 小説家が自分について語る場合――とりわけ、キングのような物語作家がそれをする場合は、非常に正直に本音が出ている発言と、相手が期待しているような答を返そうと意識しながら言っている言葉とが、渾然一体と入り交じってしまうものだと思います。本書の面白さは、それを読み手が選り分けて解釈してゆくことができるという部分にあります。物語作家とは本質的に「隠れる」ものであるということを頭において読み進んでゆくと、「なかなか食わせ者だな、このオッサン」と思うような言葉に、たびたびぶつかります。これが楽しい。同時に、キング教信者作家としては、あらためて自分の心の内側をのぞきこむような経験もさせてもらえました。そういう意味では、頁のあちこちに名言がゴロゴロしています。「恐怖のインク」の章の「車のトランクにはスイカも積める」というあたりの発言など、「そうそう!」と膝をボコボコ打ってしまいたくなりました。

 というわけで、本書は面白くかつ刺激的な発言集として一読二読の価値があると思うのですが、キング教信者としては、ひとつお願いしたい。本書のなかでも何度か言及されている『死の舞踏』の邦訳を出してください! もう何年も待ち焦がれているのです。この発言集とワンセットで読みたい!

 ぜひぜひ、お頼み申します。

新潮社 波
1993年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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