『鳥の巣』 シャーリイ・ジャクスン著

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鳥の巣

『鳥の巣』

著者
シャーリイ・ジャクスン [著]/北川依子 [訳]
出版社
国書刊行会
ISBN
9784336060594
発売日
2016/11/24
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『鳥の巣』 シャーリイ・ジャクスン著

[レビュアー] 土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

唯一無二の不穏な世界

 年季の入ったミステリやモダン・ホラー好きなら乱歩いうところの〈奇妙な味〉の異色作家ジャクスンをご記憶かもしれない。あるいは映画にもなった『たたり』の原作者として知る読者もいるだろう。昨年は生誕百年にして没後51年、前後して新訳や文庫化が相次いだ。短編集『なんでもない一日』に未訳だった長編『日時計』と『絞首人』(『処刑人』のタイトルで文庫も出た)、そして本書と立て続けに、伝説の短編集『くじ』も文庫化された。

 既訳作品は一応はモダン・ホラーの古典として扱われてきた。だが、一方で『野蛮人との生活』など自らの子育て騒動を綴(つづ)った大爆笑エッセーもあって、なんともその全貌が捉えにくい作家だったのだが、本作を含む未訳作品の紹介であっとおどろきなるほどと納得した。

 米国のとある町に暮らす主人公に奇妙な手紙が届き始める。やがて明らかになる手紙の差出人は彼女その人、彼女は多重人格障害(解離性同一性障害)に陥っていた。第二、第三、第四の人格が本来の彼女を浸食し始め、それを治療しようとする医師に、彼女と奇妙な〈家庭〉を営む叔母も絡んで予断を許さずスリリングに物語は進む。

 解説によれば文学や映画の多重人格テーマの先駆とされる1954年の本作は、不穏なユーモアで読者を強烈に宙吊(ちゅうづ)りにする。人格が次々と入れ替わって止(と)め処(ど)なく混乱する医師との会話に不意にニヤリとして爆笑、それがまたこの物語の底の抜けたような深淵(しんえん)を思わせる。不安定な宙吊りに、人間存在の不思議さ不確かさにまで思い至り、物語から目が離せない。

 読み終わってみれば、奇妙でも異色でもない、ミステリなのかホラーなのか、もはや作家ジャクスンの唯一無二としかいいようのない世界がそこにある。だが、実はここにこそ私たちの「現実」があるのではないかと思わせて、ジャクスン作品は読者を幻惑し続ける。北川依子訳。

 ◇Shirley Jackson=1916年、米・サンフランシスコ生まれ。著書に『丘の屋敷』(『たたり』改題)など。65年死去。

 国書刊行会 2400円

読売新聞
2017年1月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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