『夏目漱石』 十川信介著

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夏目漱石 (岩波新書 新赤版)

『夏目漱石 (岩波新書 新赤版)』

著者
十川信介 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784004316312
発売日
2016/11/18
価格
907円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『夏目漱石』 十川信介著

[レビュアー] 尾崎真理子(読売新聞本社編集委員)

 ありそうでなかった漱石のスタンダードな評伝が、生誕150年を迎えて現れた。

 漱石研究の第一人者が長年の成果を惜しげなく、気負いなく注ぎ込んでいる。かつて小宮豊隆が偉大なる師を描き、その後、江藤淳は嫂(あによめ)への恋、経済的な影を刻んで悲壮な作家像とした。著者は江藤の解釈に随所でやんわりと異論を述べつつ、年長の友人のような視点から、作品とそれが書かれた時期の実生活とを対応させていく。

 漱石は〈目的のために直進する面と、突然に進路を変更する矛盾した両面が並立している〉。松山中学の教師、朝日新聞の小説記者となったのも、その表れと著者はみる。

 しかし、癇癪(かんしゃく)をぶつけた妻、鏡子との夫婦の絆は案外、保たれていたようだ。実家では不遇だったものの、生来の義理堅さからこれほど大勢の友人に終生、愛されていたとは。第一高等中学で知り合った正岡子規と戦わせた文学論の客観性、日記に残る皇室観の先見性にも驚く。

 等身大の作家を初めて教えられた気がする。あらためて漱石作品を読む際、ぜひ手元に備えておきたい。

 岩波新書 840円

読売新聞
2017年1月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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