桜奉行 幕末奈良を再生した男・川路聖謨  出久根達郎 著

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桜奉行 幕末奈良を再生した男・川路聖謨  出久根達郎 著

[レビュアー] 高橋千劔破(作家・評論家)

◆古都での驚きの日々

 川路聖謨(かわじとしあきら)は、幕末期に活躍した能吏として知られる。佐渡奉行、小普請奉行、奈良奉行、大坂町奉行などを経て勘定奉行に出世し、プチャーチンが来日すると露使応接掛(かかり)となり、日露和親条約を結んだ。聖謨はきわめて筆まめで、日記の形で自らの事績を書き記した。

 本書は、聖謨が奈良奉行であったときの日記『寧府紀事(ねいふきじ)』をもとに構成され、折々の出来事に加え、幕末の諸事情が語られ、興味深い読み物となっている。

 さて、弘化三(一八四六)年三月十九日、聖謨は奈良に入った。江戸を立ってから十五日目である。奈良奉行所は敷地約八千七百坪、五、六万石の大名屋敷に匹敵する大豪邸であった。聖謨先生びっくり仰天である。楽しみにしていた古都奈良の桜は、まだ咲き始めであった。

 赴任して二日目、聖謨の役宅に鹿がやってきた。聖謨は、町中の至るところに鹿が出没していることにおどろく。本書はさらに、奈良の町の様子や行事、言葉などについて触れていく。赴任して最初の夏、聖謨は九十二度の暑さに音を上げる。九十二度は華氏温度で、摂氏だと三十三・三度だ。

 この日記は、弘化三年八月八日の記事を欠く。なぜか。じつはこの日記、江戸の母への便りだ。この日、母に知らせたくない事件があった。それは何か。あとはぜひ本書をお読みいただきたい。
(養徳社・1944円)

<でくね・たつろう> 1944年生まれ。作家。著書『短篇集 半分コ』など。

◆もう1冊 

 吉村昭著『落日の宴』(上)(下)(講談社文庫)。国境画定を迫るロシア使節と粘り強く交渉した川路聖謨の生涯を描く。

中日新聞 東京新聞
2017年1月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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