『貝と文明』 ヘレン・スケールズ著

レビュー

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

貝と文明

『貝と文明』

著者
ヘレン・スケールズ [著]/林裕美子 [訳]
出版社
築地書館
ISBN
9784806715276
発売日
2016/11/30
価格
2,916円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『貝と文明』 ヘレン・スケールズ著

[レビュアー] 塚谷裕一(植物学者・東京大教授)

人と織りなす豊かな話

 貝を愛する著者によるゆったりとした語りに、静かな気持ちで読み進むことのできる本である。

 冒頭から、貝についてのさまざまなことが語られていく。生物学の啓蒙(けいもう)書に留(とど)まるものでは全くないし、文明史でもない。

 さまざまな種類の貝の、奇妙な習性の物語。三歳の時に失明しながら、触感で貝殻の形に精通し、長じてカリフォルニア大学教授として貝の研究に打ち込んだ人物の話。アフリカの奴隷取引のため、年間四千万個にも及んだというタカラガイの国際取引。貝とは思えないような貝、例えば貝殻を自らつくり、それを脱ぐこともできるタコのような姿の貝の話。そしてその秘密を解き明かした、お針子出身の婦人の物語。世界各地の農業を支える肥料と化した、莫大(ばくだい)な量のアンモナイト化石の物語。貝が分泌する糸を梳(す)いて伝説の布を織る人物の話。豊かだ。

 実にいろいろな話題が盛り込まれている一方で、この本はたいへん緻密な構成でできている。前の章から一つの言葉を引き継ぎつつも、前とは全く違う視点から次の章が始まるのだ。しゃれた仕掛けである。内容的にも、どこかで読んだことのあるような話はほとんどない。読み進むにつれ、前の章で語られたそれらの知識が互いに合流していき、たくさんの支流を統合した大きな本流のようになっていく。原題をSpirals in Timeというのが、たしかに納得できる巻き貝状の構成だ。著者は海洋生物学を専門とする研究者だというが、これだけの文章力はプロの物書きでも珍しい。

 訳文もこなれていて、用語の訳もほぼ正確であり、快適に、くつろいで読むことができる。惜しむらくは、邦題がやや堅く、この本の独特な魅力を十分伝えているとは言いがたい点だ。でもなんとすべきだろう? 本書の構成を踏まえた原題を活(い)かすとするなら『貝を巡るらせん』だろうか。林裕美子訳。

 ◇Helen Scales=英国生まれ。海洋生物学者。ケンブリッジを拠点に活動、BBCラジオにも出演している。

 築地書館 2700円

読売新聞
2017年1月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加