舞台は古代東北、“スター・ウォーズ”的歴史大活劇

レビュー

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異世界ファンタジー!?いや、胸躍る東北古代史もの!

[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)

 書店に本書が並んでいるのを見たとき、この世ではない異世界のファンタジーものだと思った。実際巻頭に付された物語の舞台地図には「ケセマック」「トヨマナイ」「ウォーシカ」「ミヤンキ」等、耳慣れない地名のオンパレード。しかし、よく見るとどこかで見た地形のような。

 それもそのはず、地図が示しているのは八世紀前半の仙台平野。異世界は異世界でも、本書は古代東北を舞台にした歴史活劇なのである。

 この当時、北日本はエミシと呼ばれていたが、強力な帝国を建設した大和朝廷は勢力を北にも伸ばし、仙台平野を実効支配していた。だがその手先、ウェイサンペ一族の苛斂誅求(かれんちゅうきゅう)に耐えられず、激しい抵抗運動も起きていた。そんな中、名馬を駆って遍歴修業に出た若者がいた。ケセのオイカワッカ(現大船渡市猪川)出身のマサリキンである。

 明朗快活、五絃琴を奏でて歌う美声の持ち主でもあるこの男が主人公で、物語はピタカムイ(北上)川の河畔でウェイサンペの軍隊マルコ党に引っ立てられていく女奴隷たちを彼が目撃する場面から始まる。マサリキンは彼の歌に歌でこたえたそのひとりチキランケに強く惹かれ、彼女を略奪しようとするが、マルコ党の隊長クマに見つかってしまう。そこへ現れたのがエミシの抵抗部隊ヌペッコルクル(光の戦士)。彼らに助けられたマサリキンも戦いに参加し、マルコ党の砦の副将コムシを倒すが、その間にチキランケはクマに奪われ、彼も追われる身に……。

 本書の特徴は何といっても被征服民族であるエミシの視点から描かれていることだ。地名はもとより、彼らの置かれた状況、生活風景が生き生きと描かれ、大和朝廷視点の表の歴史とは異なる歴史の営みが浮かび上がってくる。いっぽうの悪役たる帝国側も鎮所のボス、アゼティ(上毛野朝臣広人)を筆頭に冷酷な支配者ぶりを発揮、王化政策の厳しい実態を浮かび上がらせる。

 もっともそんな理屈抜きでも楽しめること請け合いだ。マサリキンの武器がブヒヒヒヒといななく名馬トーロロハンロクというのも面白いし、そもそも物語の作り自体「スター・ウォーズ」的な大活劇なのだ。個人的には『書剣恩仇録』を始めとする香港の巨匠・金庸(きんよう)の武侠(ぶきょう)小説の世界を思い出し、久しぶりに胸躍った。

 著者は大船渡出身の医師で詩人で言語学者、ケセン語の聖書翻訳でも知られる。まさにこの人ならではの東北古代史もので、このジャンルが俄然面白くなってきたぞ!

新潮社 週刊新潮
2017年1月26日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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