【文庫双六】1975年生まれの作家といえば――北上次郎
[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)
ブローティガン『愛のゆくえ』が翻訳されたのは1975年だった。当時話題になったのでよく覚えている。その年はベトナム戦争が終結した年であり、広島カープが初優勝した年でもあった。
有吉佐和子『複合汚染』がベストセラーになり、街には布施明「シクラメンのかほり」や、さくらと一郎の「昭和枯れすゝ︎き」が流れていた。そういう年でもある。あれから42年がたってしまったのかと思うと感慨深い。
それだけ歳月がたてば、その年に生まれた人が作家になっていても不思議ではない。調べてみると、多くの方がいらっしゃる。その中に道尾秀介がいる。そうか、道尾秀介はブローティガン『愛のゆくえ』が翻訳された年に生まれたのか。
実は私、道尾秀介のいい読者ではない。それは、そのすぐれた才能はもちろん認めざるを得ないものの、道尾秀介が時にみせる「ざらざらした感じ」が苦手だからだ。もう少しわかりやすく書くべきなのだろうが、そう書くしかないことをお許しいただきたい。
おそらくその「ざらざらした感じ」こそがこの作家の独自性であり、それを理解しないかぎり道尾秀介を語ることは出来ないと考えていた。
問題は、まったくの無縁な作家ならいいのだが(私にはそういう作家が他に何人もいる)、私にも理解できる傑作を時に書いてくれたりするから困ってしまうことだ。それが『カラスの親指』(2008年)である。これは素晴らしい。
簡単に言ってしまえば、コンゲーム小説だが、そう名付けた瞬間にこの小説の美点がすべてこぼれ落ちる。とにかく洒落ているのだ。センスの良さが群を抜いている。都築道夫の、最良の小説に通底するものがここにある。
「初めて読者のために書いた」という『透明カメレオン』(2015年)もいいが、どちらもこの作家の本線でないというのが実に悩ましい。