阿川佐和子×遠藤龍之介×斎藤由香×矢代朝子 座談会〈前篇〉/文士の子ども被害者の会

対談・鼎談

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

「町田市民文学館ことばらんど」開館10周年記念座談会〈前篇〉 阿川佐和子×遠藤龍之介×斎藤由香×矢代朝子/文士の子ども被害者の会

■気を遣う十歳児と恋を邪魔する父親

写真提供:町田市民文学館
写真①(写真提供:町田市民文学館)

 ――作家としてのお父さまの姿を語って頂きましたが、この先はご家庭でのお父さまのお姿を伺いたいと思います。みなさまにはお写真もお借りしました。まずは遠藤さん、これはご自宅周辺のお写真でしょうか(写真①)。

遠藤 ……あ、はい。あんまり可愛くて見入っちゃいました(会場笑)。これはスナップではなくて、雑誌用にプロのカメラマンが撮ったものです。実際にこんなふうに遊んでいたわけではございません。遠藤周作が千葉周作、私が龍之介だから机龍之助ということで、剣豪対決といったコンセプトだったと思います。個人的には、父親のこの偽善的な笑顔が怖いですね。普段、こんな顔はいたしません。

阿川 龍之介さんは、遠藤さんが芥川賞をお取りになったから、芥川龍之介から命名されたと伺ったことがありますが。

遠藤 そうなんですよ。他の賞を取って、遠藤三十五とか遠藤乱歩とかにならなくてよかったと思います(会場笑)。さっき申し上げたように五五年に芥川賞を取りまして、翌年に私が生まれましたので、まだ興奮冷めやらぬ時期だったのだろうなと想像いたします。

阿川 その後、芥川龍之介さんのご子息である比呂志さんと遠藤さんが飲んでらっしゃった時の話がございますね。

遠藤 芥川比呂志さんは名優で、劇団雲の名演出家でもいらしたんですが、わが家に来られて、父と酒を飲んでいたんです。すると急に父が私を呼びつけて、「龍之介は本当にダメだ。龍之介はなってない、バカモノだ!」。だんだん芥川さんが嫌な顔に……(会場笑)。最後は本当にもう苦虫を噛み潰したような顔になった芥川さんをいまだに忘れられません。

矢代 芥川比呂志さんはずっと私の父の兄貴分でした。日本で最初で最後の素晴らしいハムレット役者だと言われたくらいの名優です。そのハムレットのような芥川さんが苦虫を噛み潰したところは見てみたかったですねえ。

遠藤 芥川さんはすごく痩せてらっしゃったでしょう? 骨と皮みたいに。

矢代 ええ、結核をなさったんですよね。

遠藤 そのくせ喧嘩早かった。これは聞いた話ですが、銀座のお寿司屋さんで隣席の外人二人組がちょっと騒いでいたので、芥川さんが「うるさい! 表へ出ろ!」と言ったら、相手はプロレスラーのオルテガだった(会場笑)。力道山時代の有名なレスラーですね。オルテガは表へ出たんだけど、喧嘩を売ってきた相手があまりにもちっぽけな痩せっぽちなんで、思わずニコニコしたら、芥川さんがおもむろにオルテガをつねった(会場笑)。

阿川 遠藤さんはいろいろ多趣味でしたよね。

遠藤 好奇心が強くて飽きっぽいという非常に困った肉親でして、一時は手品に凝って習いに行ってました。で、家に帰ってくると、その日教わった手品を家族に見せるわけです。でも、ぶきっちょなんで、袖のへんからタネが見えてたりするんですが、気を遣って「え、どうして?」なんてビックリしてみせて。私も十歳ぐらいでしたから、気を遣おうと思ったらけっこう気を遣えたんですね。

阿川 本当にいい子よねえ。

遠藤 半年ぐらいしたら手品に飽きて、今度は催眠術に凝りました。これも習っては帰ってきてやるんです。こっちはかかったフリをしないといけない。すると突然、「おまえの体は今、鉄のように硬くなって、何も寄せつけない」。椅子に寝かされ、上から鉄アレイをドスンと落とされて、本当に痛いんですけど、鉄のように硬くなってるんだから声も出せない。辛かったです(会場笑)。

阿川 いい子過ぎる。怪我しなかった?

遠藤 腹筋が捻挫みたいになって痛むので、病院へ行ったんですが、「こんなとこ、何をなさったんです?」(会場笑)。

阿川 遠藤家のおかしな話はきりがないんですけど、私が大好きな話を披露して頂くと、龍之介さんがお年頃になってガールフレンドができて、彼女から電話がかかってきますよね。それをお父さまがとると大変だという……。

遠藤 今は携帯電話という便利なものがありますが、当時は家の黒電話にかかってくるわけです。悪いことに父は作家ですから、いつも家にいるんですよ。それで、例えば「鈴木と申しますが、龍之介さんいらっしゃいますか」なんて鈴の鳴るようなかわいい声で電話があると、「ああ、鈴木さん、息子がいつもお世話になってます。鈴木さんはアレですね、先週末、息子と箱根へ旅行に行かれたお嬢さんですよね?」。本当に困りました。

阿川 そのあと、彼女とはどうなるの?

遠藤 私は何も知らないまま、大学で会うと機嫌が悪いわけですよ。「どうしたの?」「お父さまに聞いたわよ。自分の胸に手をあててよく考えて」。胸に手をあてても何も聞こえない(会場笑)。本当に迷惑しました。別な時は、受話器の口を押さえずに、あたかも向うにいる私と話しているフリをして、「居留守を使ってくれ? 俺はいやだぞ。……本当にいいのか? しょうがないなあ……お待たせしました、龍之介はいないようです」。これもたいへん問題が起きまして、「お父さん、そういうことはやめて下さい」と抗議しました。そしたら「おまえはマルセル・プルーストの小説を読んだことがないか。本当の愛というのは障害を越えてこそ輝くんだ」。知らないよ、そんなこと(会場笑)。

新潮社 波
2017年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク