今、明治憲法を読んでみる――『やまと錦』刊行エッセイ 村木嵐

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やまと錦

『やまと錦』

著者
村木嵐 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911430
発売日
2017/01/16
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

今、明治憲法を読んでみる――『やまと錦』刊行エッセイ 村木嵐

[レビュアー] 村木嵐

 ここ数年、いやな世の中になってきたなと思っていた。そんなことを思うのは「そうでない世の中」を知る年配者だけだから、自分もついに、とうんざりした。だから考えないようにしていたが、たびたび「そうでない世の中」が浮かんでしまう。どうにも自分は「そうでない世の中」を知っているという確信があった。

 平成24年に総理(当時は元総理)に「みっともない憲法ですよ」と言われた日本国憲法は、翌年には天皇陛下に平和と民主主義を守る大切なものだと擁護された。憲法99条には天皇や国務大臣の憲法尊重擁護義務が置かれているが、国政に関与しないと定められた天皇(4条)の意を尽くした発言と比べるまでもなく、総理の言葉はいったい何なのかと、その軽さに茫然とした。ずっと憲法9条のことがうるさく言われていたが、私は99条のほうが気になっていた。

 思えば大学生のとき法学部に在籍しながら全く授業についていけず、よく暇つぶしに「コンパクト六法」をめくっていた。巻末には明治憲法が載っているが、驚くほど今の憲法と似ている。明治憲法は結果として太平洋戦争を呼び寄せたのに、今の憲法は施行されて70年、まがりなりにも平和を守ってきたものだ。

 どうして明治憲法では戦争になったのか。幕府を倒してすぐの大転換に感動する半面、ずっとモヤモヤしていた。

 ここ数年、モヤモヤが大きくなってきたところで井上毅の名前を耳にした。鹿鳴館で欧化政策を推進した井上馨とは別人で、明治憲法と皇室典範と教育勅語を書いたほうの人だ。どちらも名前が黒っぽい一文字で同時代の人なので、混同しているのは自分だけではないと思った。

 毅がどんな人で、どうやってそんな大きなことを成し遂げたか調べていくと、明治時代の空気が肌で感じられた。

 明治はよく奇跡の近代化といわれるが、奇跡の一言で片付けずに虫メガネでじっと見てみると、一つひとつの留め金がとても精緻に掛けられていったのが分かる。時代という縦糸に個々の人物という横糸が配置されたのは奇跡にちがいないが、それぞれが無私で働いたおかげで明治という時代はできた。

 この小説の主人公、井上毅が生きた時代は、幕末から日清戦争の前後に重なっている。明治新政府は列強にならって三権分立をかかげ、文明開化につとめながら不平等条約の撤廃に死力を尽くしていた。資料で知ったのは考え方は違っても国のために必死で踏んばる人々で、日本はなんてすごい国だろうと、ご先祖様たちが大好きになった。

 ただこっちには現代の感覚もあるし、明治からどんな歴史を経て、どんな世の中になったかの知識もある。だから毅たちには、本当はこんなこと言ってほしくないと思うこともたくさんあった。それでも建国に邁進して動き出した毅たちは止まらなかった。

 明治維新ほどではなくても、今も激動の時代だ。憲法を取り巻く状況もそうだが、明治憲法のときと同じように、それ一つで動いているわけではない。現代の私たちもたぶん、先人たちの思いを無にせずに進んでいるか、ずっと自問し続けている。

 ほんのわずかだがこの本で毅たちの信念を掬い取れたような気がして、ちょっとモヤモヤが小さくなった。一人でも多くの人に読んでもらえると嬉しいです。

光文社 小説宝石
2017年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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