[本の森 歴史・時代]『縄のれん福寿 細腕お園美味草紙』有馬美季子

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

縄のれん福寿 細腕お園美味草紙

『縄のれん福寿 細腕お園美味草紙』

著者
中島輝 [著]
出版社
祥伝社
ISBN
9784396342647
発売日
2016/11/11
価格
777円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『縄のれん福寿 細腕お園美味草紙』有馬美季子

[レビュアー] 田口幹人(書店員)

近年の書き下ろし時代小説ブームを、大きく牽引しているジャンルがある。それは「料理もの」だ。料理人の成長を描いたもの、料理屋を舞台とした市井もの、料理そのものを通じて江戸という時代を生きた庶民を描いたものなど、多くの書き手が、様々な趣向を凝らし作品を描いた。かつての時代小説の中心は、「剣豪もの」や「捕り物帖」で、その読者は男性が多かった。この「料理もの」の作品群は、時代小説に女性読者を誘うきっかけを作り出したと言っていいだろう。その新たな時代小説ファンのために、多くの書き手が「料理もの」を手がけたのがこの数年間だった。新シリーズに、なんと「料理もの」が多かったこと。多すぎて、少し食傷気味でもあったというのが本音でもある。

 そんな思いを振り払うような作品に出会った。有馬美季子縄のれん福寿 細腕お園美味草紙』(祥伝社文庫)である。日本橋は小舟町にある料理屋〈縄のれん福寿〉を舞台に、女将のお園と常連客や彼らを囲む人々が織りなす人間模様を、お園が作り出す料理を通じて描いた連作短編集だ。巻頭には、「お通し」から五品目までが、お品書として記されている。お園が一人で店を開き切り盛するまでと、料理と対峙する覚悟が描かれた「お通し」の章に、本書の礎となる、「食べ物はただお腹を満たすだけのものではなく、心に力を与えることができる」、という想いを汲み取ることができる。

 章の後半のある日、縄のれん福寿の前で倒れていた娘・お里を助け、共同生活を始めることで、物語が走り出す。過去を思い出すことが出来ないお里、男運の悪い常連客のお梅、変わり果てた姿で現れた幼馴染の浪人吉之進と同じ師の元で剣術を学んだ浪人庄蔵、易者の竹仙が相談を持ち掛けてきた貸本屋の主人の母親、近所の長屋に住むお妙、そして白萩座の立女形(たておやま)で各地を回る旅役者の菊水丸。恋に破れた者、生きる希望を失いかけた者、過去にとらわれし者、何かを守るために覚悟を決めた者たちの心と体を、お園の料理が温めほぐしてゆく。良食は口に旨しであり、人を良くすると書いて食という。そして、人と食べ物が心と心を橋渡しするのだと教えてくれる。

 煮物についてお園が語る場面がある。煮物は、煮れば味が染み込むってものではなく、火を止めて冷ますときに味が染み込んでゆく。人生もそうなのだろう。寂しいときや辛いときにこそ自分と向き合い、愚かさを嘆き、後悔し、同じ失敗をしないようにしようと考える。その積み重ねが人間に深みを与える。だから、寂しいときが必要なのだという。

 全編を通じて、心を元気づける食べ物というものの力が、人々を温かく包み込んでいる作品だった。本書のお品書きには、お園自身が抱える過去に決着をつける料理が含まれていないことを考えると、これから先がきっとあるはずだ。はやく続きが読みたくて仕方ない。

新潮社 小説新潮
2017年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加