[本の森 SF・ファンタジー]『ヴィジョンズ』大森望/『リリース』古谷田奈月

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ヴィジョンズ

『ヴィジョンズ』

著者
大森 望 [編集]/円城 塔 [著]/神林 長平 [著]/飛 浩隆 [著]/長谷 敏司 [著]/宮内 悠介 [著]/宮部 みゆき [著]/木城 ゆきと [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062202947
発売日
2016/10/19
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

リリース

『リリース』

著者
古谷田奈月 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334911287
発売日
2016/10/17
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ヴィジョンズ』大森望/『リリース』古谷田奈月

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

プレイステーションでVRを体験したときの、いま自分のいる場所がどこなのかわからなくなる感覚を思い出した。大森望編『ヴィジョンズ』(講談社)は、宮部みゆき、宮内悠介、円城塔、神林長平、長谷敏司など、直木賞作家と芥川賞作家と日本SF大賞作家の名前が並ぶ豪華な書き下ろしアンソロジーだ。女子高校生の日常からデータ世界まで、七つの光景を描く。中でも飛浩隆「海の指」と木城ゆきと「霧界」は、人間の脳が最強の仮想現実システムであることを実感させてくれる。

「海の指」は、〈灰洋〉と呼ばれる〈そば粉を溶いたような、灰色の重さのある流体〉に囲まれた泡洲という島の話。〈海の指〉はときおり町を襲って人々を呑み込み、灰洋の底から陸地へ失われたはずの建築物を押し出す。津波を想起するが、意思を持った生き物のようでもある不思議な現象だ。主人公の仕事は、灰洋に溶けてしまったものを呼び戻すこと。触れるだけで何でも分解してしまう灰洋から、どうやって物質を取りだすのか。その方法にまず驚嘆した。〈海の指〉が島を〈演奏〉して、その形を自由自在に変化させる場面も恐ろしいのに魅入られた。

「霧界」は「海の指」を原案にしたマンガだ。灰洋の設定は共有しているが、異なる方向へイマジネーションを飛躍させている。ボーイ・ミーツ・ガールの物語としても切ない。小説のなかに一作品だけマンガが混ざっている理由がわかる「編集後記」を読むと、存在したかもしれないもう一冊の本を幻視してしまう。

『星の民のクリスマス』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞した古谷田奈月の三作目『リリース』(光文社)も、既成概念を揺さぶるヴィジョンを見せてくれる。舞台は男女同権を実現した結果、同性愛者がマジョリティになったオーセル国。名門大学に通う異性愛者のボナが、精子(スパーム)バンクを占拠した。彼は群衆の目の前で首相を告発するが、行動をともにしていた友人のエンダに射殺される。たまたま現場に居合わせてボナの言葉に心を動かされたビイは、三年後ニュースサイトの記者になり、体制側に寝返って出世したエンダに接触するが……。

 作中で異性愛者が置かれている状況は、現実の社会でセクシャル・マイノリティが受けている仕打ちそのものだ。ただ、単純に立場を逆転させているわけではない。どんな性的指向の人であれ、多数派になった途端に持ってしまう暴力性を描いている。

 この小説がリリースしているのは、主義は関係なく、性を抑圧されることに怒りをおぼえている一人ひとりの人間の声だ。共感できないものも、不快なものもあるけれど、耳を傾けずにはいられない。自分の声も解き放ちたくなる。

新潮社 小説新潮
2017年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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