良質な連作短篇ミステリにしてシリーズ最重要作――累計205万部突破の米澤穂信〈古典部〉シリーズ最新作!

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いまさら翼といわれても

『いまさら翼といわれても』

著者
米澤, 穂信, 1978-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041047613
価格
1,628円(税込)

書籍情報:openBD

良質な連作短篇ミステリにしてシリーズ最重要作

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 年末の様々なミステリのランキングにおいて、二年連続で三冠に輝いた作家が米澤穂信だ。一四年はダークな企みに満ちた短篇集『満願』で、そして一五年はネパールの王族殺害事件を題材にジャーナリズムを問う長篇『王とサーカス』で、多くの読者の支持を集めたのだ。

 彼が角川学園小説大賞のヤングミステリー&ホラー部門において奨励賞を受賞してデビューしたのは二〇〇一年。そのデビュー作『氷菓』は、神山高校の古典部に所属する四人を通じて日常の謎を描く連作短篇集であった。謎解き役の折木奉太郎をはじめとする四人の活躍は、その後も〈古典部〉シリーズとして、二〇一〇年までに計五作品が書き継がれてきた。そして本年、久々の第六弾が刊行された。『いまさら翼といわれても』という短篇集だ。

 第一話は「箱の中の欠落」。竹本健治の長大な奇書『匣の中の失楽』を思わせる題名の一作だが、こちらはコンパクトに纏まった短篇ミステリだ。高校の生徒会長選挙において発生した謎が描かれている。投票は厳密に監視され管理されていたのに、在校生徒数を投票数が上回っていたのだ。結末で示される〝犯人の扱い〟も含め、ピュアにロジカルに投票用紙を巡る謎解きを描いた短篇だ。

 続く「鏡には映らない」では、奉太郎が中学校に通っていたころの出来事が語られている。これまでの作品では語られてこなかった彼の過去だ。その意味で、従来のファンは注目すべき一篇といえよう。同じく鏑矢中学出身で古典部の仲間でもある伊原摩耶花の視点から当時の奉太郎の〝行為〟の動機を探ることで、ある中学生の闇と罪が浮き彫りになり、そしてそれが読み手の心に深く刺さる。

 第三話「連峰は晴れているか」もまた鏑矢中学での出来事を振り返る話。古典部所属の福部里志が耳にしたかつての担任の発言をロジカルに解体していく短篇だ。「ヘリが好きなんだ」という短いセリフを、様々な周辺情報と組み合わせてなにが起こっていたのかを突き止めていく展開は、ミステリとして抜群に刺激的である。

「わたしたちの伝説の一冊」は、古典部と同時に漫研にも属している摩耶花の姿を、漫研の内紛を絡めて語った小説となっている。第二話第三話とは対照的に、こちらはまさに現在進行形で語られていてスリリングだ。意外なキーパースンの意外な想いが明かされる結末が象徴するように、高校生たちが成長への選択を行っていく姿が印象深い。ちなみにこの短篇には、折木奉太郎が中学一年生で書いた『走れメロス』の読書感想文が丸ごと取り込まれており、その内容も強烈にユニークで愉しめる。

 そして第五話の「長い休日」では、折木奉太郎のモットー「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」が掘り下げられている。彼がそう思うに至った小学六年生の出来事を、古典部の千反田えるに語って聞かせるのだ。その語り口が絶妙。エピソードの見せ方もだし、“語らないこと”の選び方もそう。さらには、モットーの背景を理解した瞬間に伝わってくるやるせなさが胸を苦しくさせるし、一方で最後の一文には救いも見える。二〇〇一年から示されていたモットーの背景をようやく語ったわけだが、このかたちに熟成するにはこの年月が必要だったのだと納得する完成度だ。

 最終話「いまさら翼といわれても」は、合唱でソロパートを担当しながらも、コンクールの当日に突如失踪した千反田えるの行方を古典部の面々が探る一篇。摩耶花が動き回り奉太郎が推理し里志が手伝う。その失踪の結末の光景は、「こういう終わり方なの?」という衝撃を残しつつ、そう、第四話と呼応しながら、読者の心を強く強く掴む。

 本書は、青春小説の味わいを備えた良質な謎解きミステリとして単品で十分に愉しませてくれるが、シリーズ読者にとっては、これまでで最も奥まで登場人物たちの過去を掘り下げた重要な作品でもある。しかも余韻が深い。連続三冠作家のライフワークとも呼ぶべきシリーズの最新作は、期待を遥かに上回る出来映えであった。

KADOKAWA 本の旅人
2016年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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