未完の「大菩薩峠」が夢枕獏の手によって甦る!――真剣勝負 夢枕獏vs.中里介山

レビュー

7
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ヤマンタカ 大菩薩峠血風録

『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』

著者
夢枕 獏 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041048306
発売日
2016/12/01
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

真剣勝負 夢枕獏vs.中里介山

[レビュアー] 伊東祐吏(文芸評論家)

 これは夢枕獏渾身の剣豪小説である。

 そして、夢枕版の新たな『大菩薩峠』である。

 このことは、井上雄彦『バガボンド』が吉川英治『宮本武蔵』の翻案であるように、本作『ヤマンタカ』は中里介山『大菩薩峠』を自由に描き直したものだと考えれば分かりやすい。

 『大菩薩峠』は、戦前には一般大衆から貞明皇后(大正天皇の后)まで幅広い読者を持った大衆小説で、芥川龍之介は、「百年後に残っているのは、純文学の作家ではなく、中里介山ではないか」との趣旨の発言までしている。

 しかし現在では、『大菩薩峠』は人口に膾炙しているわりには読まれていない。それは、『大菩薩峠』が「世界一長い小説」と言われるほどに延々と続いたことだけでなく、作者が途中から物語に深遠な意味を持たせ、当初の通俗的・娯楽的要素が徐々に失われたことが原因であろう。いままで私たちが読んできた『大菩薩峠』も、特にその前半は、介山が自らの手でおもしろい部分を削除した〝改悪版〟である。

 夢枕獏が新作の剣豪小説を『大菩薩峠』でいこうと決めたのは、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーとの会話がきっかけであったという。主人公の机竜之助が冒頭でいきなり理由もなく老巡礼を斬り殺すのがいいと言う鈴木に対し、夢枕は『大菩薩峠』をまったくおもしろいと思わず、読み進めることさえできない。しかし、鈴木の「獏さん、机竜之助は民衆なんですよ」という一言に衝撃を受け、その言葉に導かれるようにして、新たな『大菩薩峠』の執筆を決めるのである。

 二人が会話したのは、おりしも三・一一の翌年。夢枕は当初、原発事故後の民衆の怒りを机竜之助に背負わせて小説を書こうとしたという。そして誰よりも夢枕自身が、よくわからぬままに世の中への憤懣に満ちた「怒れる男」であった。しかしながら、結局その目論見は自然消滅し、単純におもしろい剣豪小説が出来あがった、というのが本書「あとがき」での本人談だが、決してそんなことはないだろう。

『ヤマンタカ』に登場するのは、理由のない衝動に駆られて人を斬り、真剣勝負という命のやりとりで己れを試しながら生きる男たちである。特に、小説の主人公である土方歳三は、説明できない何かに突き動かされ、困難に立ち向かっていく。三・一一と『ヤマンタカ』に共通するのは、あたりまえの日常が破られ、生死に直に触れた者たちの動物的な衝動であろう。そこに、善悪もクソもない、ヤマンタカ(閻魔大王をも殺す最凶の菩薩)の世界がある。手に汗握るこの剣豪小説は、まぎれもなく、三・一一のあとの言葉にならない切迫感や焦燥をエネルギーとして滑走し、勢いよく飛び立っているのである。

 思えば、中里介山『大菩薩峠』も、大逆事件(一九一〇年)後の余波のなかで書かれた。首謀者とされて処刑された幸徳秋水と親しかった介山には、やるせない思いや内憤が渦巻いていたはずである。その沈鬱な雲に押しつぶされるようにして、『大菩薩峠』は下降線の低空飛行を続けるが、夢枕の『ヤマンタカ』はそうした雲を突き抜けていく小説であり、前者の落ちぶれていく机竜之助と、後者のしゃにむに生き抜いていく土方歳三は、どちらも欲望や因縁にひきずられながら、まったく正反対の放物線を描いている。

『ヤマンタカ』を読みながら、私には作中の剣豪たちさながらに、『大菩薩峠』という物語をめぐって真剣勝負をする、夢枕獏と中里介山の姿が見えていた。当代随一の作家が繰り出す剣は、互いに鋭い。夢枕獏の剣はとにかくおもしろい物語を生み出すことに一徹で、それはまるで、有無なくすべてを貫き通してしまうかのような強烈な「突き」である。一方の介山は飄々としていて、本気かどうかさえも分からないような剣をあやつる。この勝負、軍配はどちらにあがるのか。判定はそれぞれの読者にゆだねるが、夢枕が最高の一太刀を繰り出し、その剣の切先が介山の喉笛を貫かんとしていることは間違いないだろう。

KADOKAWA 本の旅人
2016年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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