〈私立 新宿歌舞伎町学園〉学園を制する者は日本を制す――。悪魔的な権力闘争を鎮静化しようとする純朴の心

レビュー

3
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私立 新宿歌舞伎町学園

『私立 新宿歌舞伎町学園』

著者
新堂 冬樹 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041043295
発売日
2016/11/30
価格
1,836円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

悪魔的な権力闘争を鎮静化しようとする純朴の心

[レビュアー] 中辻理夫(ミステリー評論家)

 高校生同士が覇権争いを繰り広げる、凄絶な闘いの物語である。舞台となるのは新宿歌舞伎町学園。きわめて特殊な私立高校だ。生徒たちは各々の資質、得意分野に合った使命を与えられている。それを達成すれば卒業後、日本全体に多大な影響力を持つ財閥グループ・極東財閥の幹部候補生になることができる。覇権争いの中心を担う生徒は、つまり使命貫徹を目指しているわけだ。

 本作は、そもそもの設定自体が突飛、奇抜であり、それが読者を引き込む命となっている。一種のSF、あるいは現実のデフォルメを徹底させた小説と言っていいかもしれない。主人公・風間真之介は小笠原の大自然で育った十代の少年だ。身体能力が尋常ではなく、全身の筋肉を鍛え上げている。しかし、その能力を喧嘩に使ったことはなかった。争いごとを好んでいないのだ。そんな彼が父から新宿歌舞伎町学園への入学を命じられる。父はリゾートホテル経営を全国で展開しており、その事業拡大のために真之介を極東財閥の幹部にしたがっている。渋々、新宿へ赴く。冒頭で触れた通り、学園では覇権争いが続いていた。闘いの手段はストレートに暴力である。もちろん、すべての生徒が暴力を好んでいるわけではない。頭脳の力で使命を果たそうとする者もいるのだ。しかし全体を牛耳っているのは半端ではない悪の権化の三人、そして外国人ばかりで構成された四人だ。前者は三銃士、後者は四天王と呼ばれ、二つが拮抗している。真之介の使命は血みどろの学園の毎日を鎮静化し、平和をもたらすことだった。

 新堂冬樹はかなり以前から、おそらくすべての人が多かれ少なかれ持っている権力志向を巡る競争、闘争を描くのが得意な作家であった。代表作『無間地獄』(二〇〇〇)は闇金融業、女性キャッチ商売、各々の仕事で力を発揮してきた男二人が野心をあきらめることなく必死に生き抜こうとする物語だ。『黒い太陽』(二〇〇六)からその続篇『女王蘭』(二〇〇八)、『帝王星』(二〇一一)と続く三部作ではキャバクラの世界、あるいは『砂漠の薔薇』(二〇〇六)ではママ友同士の交際関係を描いた。どういう場所でも人間が複数集まれば、自然と確執が生まれる。なぜなら人は皆、情けない人生を送りたいとは思っていないからだ。自分が一番、と思いたい気持ちはすべての人に共通しているもので、誰かが目立てば、別の誰かはおとなしくせざるを得ない、という相対性は社会の至る所に転がっている。さらに、今はおとなしい立場に甘んじているが、いずれは自分が一番に、と内心思うのも珍しい感情ではない。そして実際に関係をひっくり返したりする。新堂冬樹はそういう激烈な確執を具体的な犯罪行為、あるいは狡猾な企てを描くことによってダイレクト、別な言い方をすればディープに表現してきたのだ。

 本書の場合、先にも書いた通り架空の設定が命である。日本最大の繁華街・歌舞伎町が無数の人々の欲望、煩悩の集積であるのは間違いなく、そこに建つ学園も街の一部なのだ。野心を抱くことも煩悩の一つであり、この学園は現実社会におけるあらゆる闘争、対決を戯画化した存在だ。三銃士と四天王のバイオレンスを極めた命懸けの乱闘シーン、一方で企みを着々と進める頭脳派生徒の姿はもちろん健康的でない。むしろ悪魔的と言えるが、これらを社会の象徴、縮図として作者は描いている。

 そんな中で真之介の純朴さは良心の象徴となっている。社会は厳しい、純粋なままでは生きていけない、だからこそ生徒たちを闘わせて現実に対応する術を学ばせている、というのが学園出身者である園長の主張だ。しかし主人公はそれを意に介さず、ぎりぎりまで平和な姿勢を崩さない。あえてシンプルに言えば、善と悪との二項対立が本作の究極のテーマなのだ。人はどこまで争いから遠い立場で生きていくことができるのか、という問いが根底に在る。一種漫画的でハードなテンポの良さ、笑える下ネタ・シーンも満載だが逆説的な道徳も感じられる。

KADOKAWA 本の旅人
2016年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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