『パリの福澤諭吉』 山口昌子著

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パリの福澤諭吉 謎の肖像写真をたずねて

『パリの福澤諭吉 謎の肖像写真をたずねて』

出版社
中央公論新社
ISBN
9784120049163
発売日
2016/11/17
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『パリの福澤諭吉』 山口昌子著

[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞社特別編集委員)

啓蒙思想家誕生に影響

 「日本のヴォルテール」と呼ばれた福澤諭吉がヴォルテールの地フランス・パリを訪れたのは1862年、満27歳の時だった。「文久遣欧使節団」の翻訳担当として、生涯で一度のパリ滞在だった。福澤といえば、2年前の咸臨(かんりん)丸による遣米使節団が『福翁自伝』でもおなじみだが、著者によると、パリ体験が啓蒙(けいもう)思想家福澤諭吉の誕生に大きな影響を与えることになる。

 「政治」「商人社会」「外国交際」「兵制」「学校」「新聞紙」「文庫(図書館)」「病院」「博物館」「蒸気機関」「瓦斯(ガス)灯」。『西洋事情』に書かれた事物はパリで仕入れたものだった。「ハウス・ヲフ・コムモン(共和議事堂)」で民主主義の神髄を知り、文明・文化の根源にあるものに思いを馳(は)せたのだった。

 遣欧使節団といえば、芳賀徹さんの『大君の使節』(中公新書)という名著がある。山口さんの書は、21年に及ぶ産経新聞パリ支局長としての知識と経験に加え、徹底した現場取材とフランス外務省に残された資料を駆使し、私たちに福澤の足跡を追体験させてくれる。

 著者が「パリの福澤」を知りたいという情熱に駆り立てられたのは、一万円札の顔とは違って精気みなぎり、知性と熱情が溢(あふ)れるような3枚のサムライ姿の写真だった。誰が撮ったのか。写真家はいかなる人物か。ネガはどこにあるのか。普通は真正面と横顔の2枚なのに、なぜ福澤だけは斜めの写真も残されているのか。推理小説のように、その謎を解いていく。

 新発見は随所にある。正使以下36人による1年に及ぶ旅費や滞在費は、英仏政府が払ったという見方が一般的だが、徳川幕府が払ったことを仏古文書から突き止める。英仏に「借り」ができるのを恐れるとともに日本人としての「意地」と「誇り」が許さなかったからだ。

 この書では資料に基づく著者の想像力が羽ばたいている。読みながら萩原延壽さんの言葉が浮かんだ。「歴史家にも許された想像がある」

 ◇やまぐち・しょうこ=1994年、ボーン・上田記念国際記者賞。著書に『ドゴールのいるフランス』など。

 中央公論新社 1600円

読売新聞
2017年1月22日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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