『さあ、見張りを立てよ』
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名作『アラバマ物語』の20年後を描いた続篇登場!
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
名作『アラバマ物語』のハーパー・リーが、長い沈黙を破って新作を発表する、と知ったときは仰天した。なんと、『アラバマ物語』の続篇だという。一昨年、この本が出て七か月後にリーは亡くなり、新作は遺作になってしまった。
『アラバマ物語』では九歳だった「スカウト」ことジーン・ルイーズは、この本では二十六歳になっている。リー自身をモデルにした主人公が、一人で暮らすニューヨークから久しぶりに南部へ帰ってくるところから小説は始まる。
七十歳を超えた父アティカスはいまも弁護士だがリウマチに苦しみ、淑女らしからぬ姪のふるまいにアレグザンドラ叔母が小言を浴びせるのは相変わらず。『アラバマ物語』で大活躍する四歳上の兄ジェムは心臓病でこの世を去っている。
続篇と書いたが、訳者あとがきによればこれは「『アラバマ物語』を推敲していく過程で放棄した原稿をまとめたもの」だそう。半世紀以上たって原稿が見つかり出版されてベストセラーになったが、アメリカでは賛否両論で、がっかりしたという読者の声も伝えられてきた。
それは何より、映画ではグレゴリー・ペックが演じたヒーロー、アティカス像の変貌によるものだろう。白人女性への暴行容疑で逮捕された黒人男性の弁護を引き受け、南部の地域住民を敵に回しても正義を貫いたアティカスは、あろうことか白人優越主義に固執する市民会議の一員となっており、娘を失望させる。
少女時代を回想する『アラバマ物語』の輝かしさは、注意深く影を取り除いて作られたのだ。おそらくは編集者の助言をいれ、リーはアメリカの読者が読みたいものだけを抽出したのだろう。だからこそ広く愛され古典になったわけだが、捨てられた部分には人種間や階層間の対立や親からの自立の難しさも描かれ、現代小説としての面白さがある。成長した「スカウト」が書くならこちらのほうがしっくりくる。