時宜を得た警世の書

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バブル : 日本迷走の原点 : 1980-1989

『バブル : 日本迷走の原点 : 1980-1989』

著者
永野, 健二, 1949-
出版社
新潮社
ISBN
9784103505211
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

時宜を得た警世の書

[レビュアー] 山村杳樹(ライター)

 深夜の銀座にタクシーを待つ社用族たちの長蛇の列が続き、休日には銀行員が戸を叩き、資金は全て当行が持ちますのでマンションを買いませんかと囁いた。一九八〇年代の日本は、根拠なきユーフォリア(陶酔的熱狂)に覆われていた。東京二十三区の地価がアメリカ全体の地価の時価総額を超え、小金井カントリー倶楽部の会員権が三億円を超えた……。

 本書は「バブルの時代を知ることなしに、現在の日本を理解することはできない」という問題意識のもと、「失われた二十年」を経て書かれたバブル時代の生々しい記録である。著者は、戦後の復興と高度成長を支えた日本独自の経済システムを実業家・渋沢栄一にちなんで「渋沢資本主義」と名付ける。この渋沢資本主義は七〇年代初めのドルショック、八五年のプラザ合意を経て、グローバル化と金融自由化の流れの中で変質、腐敗していく。しかしこの過程で政・官・民のリーダーたちは、痛みを伴う構造改革に背を向け、新たに現出した「カジノ資本主義」に盲目的に突き進んでいった。特に一九八七年のNTT株上場は、売り出し価格百十九万七千円が三ヶ月後には三百十八万円に暴騰することで国民の欲望に火をつけた。この時、野村総合研究所の試算では、一株五十万円弱が妥当値とされていたという。地価は下がることはないと言う「土地神話」と、未曾有の株フィーバーを背景に、企業は「財テク」に走り、金融機関は正気とは思えぬ巨額融資にのめり込んだ。そして遂に、麻布建物の渡辺喜太郎、E・I・Eの高橋治則、第一不動産の佐藤行雄、秀和の小林茂、光進の小谷光浩といったバブル紳士たちが跳梁跋扈する狂乱の時代を迎える。この時代には、闇社会へ莫大な資金を流出させた「イトマン事件」や、一介の料亭の女将が金融機関から、三千四百二十億円もの資金を詐取するという「尾上縫事件」なども発生した。しかし、突然、バブルは崩壊する。一九八九年末に日経平均が史上最高の三万八千九百十五円を記録した翌年十月、株価は一時、二万円を割るまでに暴落。その後、山一証券の消滅、銀行の統合再編など、日本経済は長く続くバブル後遺症に苦しむことになる。著者は、永野健元日経連会長の子息で、日本経済新聞の証券部記者、編集委員として、バブル期の日本経済の現場を肌身で感じてきた。為に本書には、学者や評論家には書けない実体験に基づいた臨場感が溢れている。「バブルとは、何よりも野心と血気に満ちた成り上がり者たちの一発逆転の成功物語であり、彼らの野心を支える金融機関の虚々実々の利益追求と変節の物語である」と著者は言う。バブル時代の教訓を忘れ、野放図で抑制を欠いた経済政策が大手を振る現在の日本に向けて刊行された本書は、誠に時宜を得た警世の書といえる。

新潮社 新潮45
2017年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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