『赤い星は如何にして昇ったか』石川禎浩著/『毛沢東の対日戦犯裁判』大澤武司著

レビュー

2
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

赤い星は如何にして昇ったか

『赤い星は如何にして昇ったか』

著者
石川 禎浩 [著]
出版社
臨川書店
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784653043720
発売日
2016/11/16
価格
3,240円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『赤い星は如何にして昇ったか』石川禎浩著/『毛沢東の対日戦犯裁判』大澤武司著

[レビュアー] 奈良岡聰智(政治史学者・京大教授)

イメージと戦後処理から 謎めいた指導者像に迫る

 中華人民共和国建国の功労者、毛沢東。文化大革命で神格化され、中国共産党が多くの一次史料を独占的に管理しているため、その人物像についてはいまだに不明な点が多い。このような中で、果敢に実像に迫る著作が相次いで出版された。

 一冊目は、毛沢東の初期イメージを解明した石川禎浩氏の研究書。1920~30年代の中国共産党は、国民党政権から弾圧されていた時期が長く、指導者たちの人物像は謎のベールに包まれていた。そのため、各国の政府、ジャーナリストやコミンテルンは、その実態を必死に探っていた。本書は、毛沢東に関する情報が誰に、どのようにして把握、報道され、彼のイメージがどのように形成されていったのかを、多数の写真とともに検討している。大変読みやすく、中国共産党史の入門書としても好適である。

 毛沢東への直接取材に基づいて刊行され、世界的なベストセラーとなったルポルタージュ『中国の赤い星』の成立・普及の過程が詳細に明らかにされている。同書は、アメリカ人ジャーナリストのエドガー・スノーが執筆したもので、毛沢東ら共産党の首領たちの素顔を世界で初めて伝えた、画期的著作であった。筆者は、自分たちにとって好ましい記述を求める共産党側とジャーナリストとしての筋を通そうとするスノーのせめぎ合いの中で、同書が成立したとしている。

 本書の記述のもう一つの柱は、1937年に日本の『官報』に「毛沢東」として掲載された、全くの別人の肖像写真をめぐる謎である。謎解きのプロセスで、日本政府や波多野乾一ら当時の中国通たちが、共産党をどのように見ていたかが検討されている。著者は、日本政府による情報の収集・発信活動の拙劣さを踏まえて、「日本は敵をよく知らぬまま、中国との戦争を続けていたと言えそうである」と記している。重い指摘である。中国共産党の指導者たちの「見えにくさ」は、当時も今も変わらない。毛沢東にアプローチを試みたジャーナリストたちの苦闘は、現代の中国政治を理解する上でも、大いにヒントを与えてくれる。

 二冊目は、中華人民共和国による対日戦犯裁判について考察した大澤武司氏の著書。東京裁判やBC級戦犯裁判に比べて、研究が立ち遅れてきた裁判の実態を、近年中国で公開された新史料に基づき、戦犯の処遇や帰国問題も含めて明らかにした労作である。

 1950年、シベリアに抑留されていた旧「満州国」や関東軍の関係者が、ソ連から中国に送還された。また、終戦後中国に残留し、国共内戦下で共産党軍と戦って捕虜となっていた日本人将兵などで、戦犯と見なされた者も勾留された。彼ら1526名は、長期にわたる取調べと毛沢東思想に基づく「思想改造」を受けたが、1956年に大半が釈放された。また、起訴された45名は全員が有罪とされたが、死刑とされた者はおらず、最高刑は懲役20年にとどまった。この結果は、約1000名が死刑とされたBC級戦犯裁判などに比べれば、「寛大」だったと評価されることが多い。

 なぜこのような結果となったのか。著者は、東西冷戦という現実の中で、日本との関係改善を図るとともに、台湾に逃れた中華民国に揺さぶりをかけようとする毛沢東の外交戦略があったことを指摘している。共産党や被害者の中には極刑を求める意見もあったが、周恩来、廖承志らによって抑えられたという。裁判の過程は、戦後処理をめぐる大きな外交戦略の中でコントロールされていたわけである。

 本書によって、共産党政権が対日戦犯裁判に臨んだ基本姿勢は明らかになったが、残念ながら毛沢東個人の考えや行動については、不透明な点が多い。毛沢東は、いわゆる南京大虐殺について触れたことはほとんどなく、抗日戦争勝利記念日を祝うことにも消極的であったと言われている(遠藤誉『毛沢東』新潮新書)。果たして彼は、日中戦争をどのように総括していたのだろうか。また、戦後日本とどのような関係を築こうとしていたのだろうか。今後さらなる研究の進展が待たれる。

 ◇おおさわ・たけし=1973年生まれ。熊本学園大准教授。専攻は中国近現代史・日中関係史。 中公新書、860円

 ◇いしかわ・よしひろ=1963年生まれ。京都大人文科学研究所教授。専門は中国近現代史。 臨川書店、3000円

読売新聞
2017年1月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加