選ぶのは面白い道/『我が名は、カモン』犬童一心

レビュー

7
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我が名は、カモン

『我が名は、カモン』

著者
犬童 一心 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309025285
発売日
2016/12/20
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

選ぶのは面白い道/『我が名は、カモン』犬童一心

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

犬童一心氏
初の小説『我が名は、カモン』を刊行した犬童一心氏

 ベテラン芸能マネージャーと新人部下が直面する難問奇問の数々――業界の内側の人間による初小説と聞けば「ありがちな“業界あるある話”だろう」と斜に構えてしまうが、著者名を聞けばその第一印象は覆るはず。書き下し長篇『我が名は、カモン』の著者は『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』『のぼうの城』などで知られる映画監督であり脚本家でもある犬童一心だ。大学時代から自主制作をはじめ、映画からCMまで数多くの作品を手掛けてきたベテランが描くのは、はてさてどんな世界か。
 加門慶多の本名は郷田好則。大学在学中に演劇に魅せられ、中退して劇団「自由演技」に入り芸名ももらったものの、俳優としては芽が出ずに転身。50代の現在、劇団のシニア統括マネージャーだ。劇団の大御所俳優が「引退したい」と言い出したかと思えば、引き抜いた若手女優の山下がCM撮影を拒否。そのたびに連絡を受けた加門は現場に駆けつけ説得にあたる。彼らのキャリアを見守り、心の奥の思いを知る加門が発する言葉に、頑なだった俳優たちの心もほぐれていく。〈間違い探しが日課で、見つけると急に正義面して礫を投げて笑ってる連中がうようよしているのが世の常だ。とんでもない才能かどうかなんて気にもせず食いつぶして消費しようとする連中も溢れてる。そんな世の習いから彼女を守ろうと思う騎士、ナイトな気持ちが加門にはある〉。素敵な男ではないか。
 そんな彼がぶちあたるのは、急きょ持ち上がった舞台の企画。未完の傑作戯曲を舞台化するために、加門は新人の中村祥子とともに、消息不明の劇作家、遠山ヒカルを探し出さねばならなくなる。
 みな、自分の居場所を変えてきた人たちだ。俳優からマネージャーに転身した加門、広告代理店に就職したものの芝居に携わりたいと転職した中村、事務所を移籍した山下、一般企業に就職したが親の後を継いだ劇団社長の堂本。限りなく社会性がゼロに近い怪物・遠山も、かつて台本が書けなくなって失踪した身であり、今また岐路に立たされる。思い通りにいかないことは多くても、人はリスタートできるものだし、当初の希望とは違う場所でも、人は力を発揮することができるのだ。彼らがベストを尽くす姿に好感を持つのは、仕事愛や努力に心打たれるからではない。ああ、この人たちは「楽しいか楽しくないか」で動いていると分かるからだ。安易だけれどつまらない道と、困難だけど面白い道があるなら、彼らは全員、間違いなく後者を選ぶだろう。さらに痺れるのは、ある人物の「あの爺さんなら裏切られても良いと思える」という言葉。裏切らない相手と仕事をするのではなく、裏切られてもいいと思えるほど信頼し、惚れ込める仕事相手がいることの幸福に羨望をおぼえずにはいられない。そして、周囲に同じ気持ちの人間がいる、ということも。家族でも友達でもない、まさに“仲間”という存在の心地良さを多面的に描き出しているのも、本作の魅力なのである。

河出書房新社 文藝
2017年春号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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