原田マハ新作 天才画家の“姉”の常識を超えた愛憎

レビュー

3
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サロメ

『サロメ』

著者
原田 マハ [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163905891
発売日
2017/01/16
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

異端の天才画家の“姉”が照射する世紀末芸術の闇

[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)

 十九世紀末を代表する作家オスカー・ワイルドは、これまで繰り返し小説や映画の主題となってきた。しかし本書が主に描くのは、ワイルドがフランス語で書いた劇『サロメ』の英語版に挿絵を提供した異端の天才画家、オーブリー・ビアズリーである。『暗幕のゲルニカ』(新潮社)ほかで美術ミステリーを開拓してきた原田マハだが、今回はビアズリーの実在の姉メイベルの視点を用いることで、天才たちのお伽話に止まらないリアルな物語を紡いでいる。

 メイベルは、天才的だが病弱な弟の庇護者であり、また自身も女優への野心を抱いていた。姉は弟を高名な画家バーン=ジョーンズに引き合わせる。巨匠に才能を認められたオーブリーは出世への糸口をつかみ、しかもこのとき偶然居合わせたワイルドは、やがて十八歳年下のオーブリーを『サロメ』の唯一の理解者とまで言うようになる。

 青年画家と文豪の邂逅が生んだ幸福な奇跡として、英語版『サロメ』は世に出るはずだった。しかし、弟を虜(とりこ)にしたワイルドを憎み、かつワイルドに認められた弟に秘かな妬みを覚えるメイベルは、策を弄して二人の関係に亀裂を入れる。その結果、オーブリーは結核を悪化させて命を縮め、ワイルドは同性愛者として指弾され、投獄の憂き目に遭う。

 史実のメイベルはこうした悪女ではなく、女優としてワイルドの劇にも出演している。しかし、悪女とも怪物ともつかぬメイベルを著者が創造したことで、本書は芸術の真実に近づいている。禍々しいオーブリーの挿絵を見ると、常識を超えた愛憎劇を背後に想像せずにはいられないからだ。

 もっとも、本書でのメイベルの行動は、ときに芸術的というより悪趣味に思えるかもしれない。しかしこのグロテスクさによって、善悪の彼岸にある世紀末芸術の光と闇が、繊細で豪奢な黒と白のコントラストとして、本という舞台に出現するのだ。まさにオーブリーの絵のように。

新潮社 週刊新潮
2017年2月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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