『ネコと昼寝』刊行に寄せて 群ようこ

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ネコと昼寝

『ネコと昼寝』

著者
群 ようこ [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758412995
発売日
2017/01/14
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ネコと昼寝』刊行に寄せて 群ようこ

[レビュアー] 群ようこ(作家)

「れんげ荘シリーズ」はたくさんの方に読んでいただき、とてもうれしく、ありがたく思っている。
 二〇一六年、激務が原因で自ら命を絶ってしまった、若い女性に関してのニュースが流れていた。それらを見聞きしているうちに、同じような激務の広告代理店に勤めていた主人公、キョウコのことを改めて考えた。女性の会社での仕事の内容や人間関係まではよくわからないが、キョウコは自分の意に染まない仕事をさせられ、セクハラ、パワハラが横行し、そのうえ同性同士のやっかみもあった。それに耐えられなくなったキョウコは、退職だけを目標に我慢して資金を貯め、えいっと会社をやめてしまう。
 それによって母との関係は最悪になるものの、これで働かなくてもいい、楽になれると考えていたが、現実はそうでもなかった。亡くなられた女性に対しては、最後の最後まで耐えずにえいっとやめてしまうか、そこまでではないにしても、休職するという選択肢はなかったのかと胸が痛むけれど、キョウコは働いている人であれば必ずといっていいほど考える、
「こんな会社、やめてやる」
 を実現したのだ。
 しかしそうしてもまた別の悩みが出てくる。自己証明をするのに、無職の中年女は不信感を持たれ、勤務し嫌悪していた大企業の名前を相手に告げると、納得してもらえる。目の前の人物の人間性よりも、世の中にどれだけ名前が通ったところに所属しているか、あるいは所属していたかで、他人様の不信感は薄らいでいくのだ。
 一〇〇パーセント楽しく過ごせる場所なんて世の中にはない。たとえば会社に勤めているのが、二〇パーセントの喜びなら、時間が自由になる仕事だと、喜びが五〇パーセントくらいといった具合に、喜びの度合いが増えるだけで、完全に毎日楽しく暮らせる場所などないのだ。
 キョウコは最初は、古アパートの環境に驚きつつ、嫌だった会社勤めから解放されて、気分を新たにした。しかしその気分が新たになったことが、延々と続く日常になると、新たではなくなり怠惰な日々になる。それよりも会社に勤めていたときが、あまりに気分的にひどいものだったので、勤め人に戻りたいとは一切、思っていないのだが、余りに余っている時間をどうするかが、キョウコのこれからの問題である。そして時が経つと彼女を取り巻く人々の状況も変化してきて、彼ら、彼女たちにもさまざまな出来事が起こる。
 いくつになっても、安息の日々はおとずれないなあとため息も出てくるのだけれど、そのなかで自分の好きなこと、楽しいこと、幸せなことをみつけていくのが、人としての生き方なのだ。それなりにどんな場所でも大変なのだったら、いちばん嫌で辛いところからは逃げればいい。しかし生きることから逃げてはいけないのである。
 一〇〇パーセント楽しい場所はないけれど、今がとても辛い人は、そこよりもよりよい場所は必ずどこかにある。迷ったり考え込んだり、落ち込んだりすることもあるかもしれないが、日々、何があっても、その人が少しでも明るく楽しく生きていけるように、私もキョウコのこれからの人生に寄り添って行きたいと思っている。

角川春樹事務所 ランティエ
2017年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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