韓国の大ロングセラーが上陸 日本の読者はどう読む?

レビュー

9
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こびとが打ち上げた小さなボール

『こびとが打ち上げた小さなボール』

著者
チョ・セヒ [著]/斎藤 真理子 [訳]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784309207230
発売日
2016/12/27
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

過激で詩的で胸に刺さる 韓国の大ロングセラー、上陸

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 チョ・セヒの連作短篇集『こびとが打ち上げた小さなボール』は過激な小説だ。とても過激で、なのにすごく詩的で、そしてとてつもなく深く胸に突き刺さる、大事な、大事な大事な大事な小説なのである。

〈せむし〉と〈いざり〉が、自分たちの家を取り壊し相場より低い保証金しか払わなかった業者の男を襲う「メビウスの帯」。同じコンビが、自分たちを置き去りにした雇い主を殺意をもって追いかける「エピローグ」。この最初と最後に置かれた二篇とその他十篇の舞台になっているのは、朴正煕による軍事独裁政権下、資本家によって労働者が搾取される一方だった一九七〇年代の韓国だ。

 やっと手に入れたのにスムーズに水も出てこない家に住み、世の中の不公平さに苛立ちを覚えている中産階級の専業主婦シネが、〈こびと〉に水道を修理してもらい、自分もまた彼の仲間なのだということに思い当たる「やいば」。特権階級の父親が敷いたレールに反発を覚える受験生ユノが、家庭教師チソプの影響で、自分でものを考え、曇りのない目で社会を見ることを学んでいく「軌道回転」と「機械都市」。巨大企業グループの直系一族である青年の目を通し、持てる者の残酷さを活写した「トゲウオが僕の網にやってくる」。

 さまざまな立場にいる人物を登場させることで、民衆苦難の時代を立体化させるこの小説の中心にいるのが〈こびと〉一家だ。長男ヨンス、次男ヨンホ、長女ヨンヒ。三きょうだいそれぞれの視点から、さまざまな仕事に就き、家族のために懸命に働いてきた愛情豊かで辛抱強い〈こびと〉の、報われなかった一生を描く表題作。労働者として最低限の待遇すら与えられず、資本家から人間として扱われない理不尽な状況下、勉強会を開き、組合を結成したヨンスが、静かに怒りを内に育てていく過程を描いた「ウンガン労働者家族の生計費」と「過ちは神にもある」。

 そうした粗筋だけに拠ってしまうと、一九七八年に発表された本書を韓国に特化した社会悪を告発する小説と思うかもしれないけれど、それはちがう。描かれていることの多くは読んでいて胸が痛くなるほど過酷だ。でも、時折挿入されるイメージ喚起力の高い文章が、この小説を貫く“悲しみ”に繊細な表情と普遍性を与え、日本人のわたしからも深いレベルにおける共感を引き出すのだ。こんな傑作が、ちゃんとベストセラーにしてロングセラーになる韓国の読書界は素晴らしい。

 さて、この国の読者は?

新潮社 週刊新潮
2017年2月9日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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