『新・完訳 日本旅行者』 R・タゴール著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

新・完訳 日本旅行者

『新・完訳 日本旅行者』

著者
R.タゴール [著]/丹羽京子 [訳]
出版社
本郷書森
ISBN
9784990723118
発売日
2016/12/12
価格
1,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『新・完訳 日本旅行者』 R・タゴール著

[レビュアー] 三浦瑠麗(国際政治学者・東京大講師)

平らかな眼差しで見る

 「わたしが見ているもので、あなたに役立つものがあるわけではない。それでもわたしは純粋に『見る者』であり、もしあなたがそのことに無関心であるというのなら、この世に芸術や文学を創り出す意味はないということになる。」タゴールは20世紀初頭、5度にわたり日本を旅し、1916年の初来日の旅の様子を紀行文に著した。

 タゴールと聞いてピンとくる人は今では少ないかもしれない。アジアで初めてノーベル文学賞を受賞した人である。インドのベンガル地方に生まれ育った彼は、ふさふさとひげを蓄えた、深い眼差(まなざ)しの人である。自然を愛し、余剰を嫌い、訪問先の日本にあっては余白の美を愛した。

 日本に着くと、栄誉に輝いたタゴールを一目見ようと人が押し寄せ、大変な騒ぎになったという。タゴールは東西の懸け橋となることを望み、アジアの思想や風土に思い入れた。訪れた日本で、タゴールは西洋の列強に伍(ご)する新しい雄を観察した。彼の観察者としての平らかな眼差しは、時代を超えて、今日の読者の心に響くものだ。だが当時、日本の少なくない知識人がタゴールの絶大な人気に反感を抱き、また彼の講演を聞いて気分を害したと言われている。

 タゴールは、日本人が聞きたいことを言ってくれるような人ではなかった。彼は人気取りはせず、あくまでも正直な彼自身であったからだ。

 タゴールが日本で見出(みいだ)した美は、用の美であり、人々の節度であり、人間的な関係を取り結びつつも几帳面(きちょうめん)さや効率を失わない精神風土だった。朝早く、人々のいない森を歩き冥想する、そんなタゴールの精神性は、一渡り先進国というものを経験して物質文明に疲れてきた今の日本人ならば、素直に聴けるのかもしれない。

 混迷する時代情勢において、ただ「見る人」であることはますます困難になっている。表現者としてのタゴールは、人間社会の永遠の遺産であると改めて感じた。丹羽京子訳。

 ◇Rabindranath Tagore=1861~1941年。詩人、小説家、思想家、音楽家、画家などとして才能を発揮。

 本郷書森 1500円

読売新聞
2017年2月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加