宮部みゆき×佐々木譲 対談「キングはホラーの帝王(キング)」―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

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宮部みゆき×佐々木譲 対談「キングはホラーの帝王(キング)」―作家生活30周年記念・秘蔵原稿公開

 舞台背景の変化

佐々木 『デスペレーション』、『レギュレイターズ』と立て続けに二作を読んだせいかもしれないけど、いままでの主な舞台だったメイン州からあらためて大胆に離れたという感じがした。

宮部 あ、そういえばそうですね。

佐々木 『デスペレーション』はネヴァダ州、『レギュレイターズ』はオハイオ州。アメリカの西部を旅行したときに、ゴーストタウンではないけれども、そう呼んでもいいようなさびれた街をいくつも見てきたのです。その雰囲気を思い出して、メイン州ではなくて、砂漠の中のこういう街を舞台にしたらどんな怖い話が展開されるか期待を抱かせますよね。

宮部 オハイオ州は不気味というより住みやすい所という感じがしました。

佐々木 いちばんふつうのアメリカ人が住んでいる、というイメージのある土地です。この舞台となる街は、中産階級が住んでいて、しかもそのうちの一軒は黒人夫婦。温かみのある街。

宮部 『レギュレイターズ』では、そういうリベラルな感じの街にいきなりおもちゃの兵隊が侵入してきて、人を殺し始める。

佐々木 これは実にティピカルなアメリカの郊外住宅地の話ですよ。キングがよその州のよその街をどう書くかも、二つの作品を読むうえでは興味のあるところですね。

宮部 ネヴァダ州はやはりここで描かれているように一種殺伐としたところなんでしょうか。

佐々木 ほんとうに荒涼とした砂漠ばかりですからね。道を走っていると、「この先九〇マイル、ガソリンスタンドなし」なんて出てくる。日暮れにガス欠になったら、いったいどうしたらいいか、そういう恐怖はたいへんなものですよ。

宮部 スピルバーグの映画『激突!』に出てきた、埃っぽい風が吹いていて、回転草がぐるぐるまわっているような、そういうイメージで『デスペレーション』は読んでいたんですが……。

佐々木 もっと索漠としていた気がする。

宮部 わたしはアメリカはまだ行ったことがないのですが、将来も行きそうもありません。アメリカは怖い(笑)。街は街で怖いし、田舎は田舎で怖いしで。わたしは異常に怖がり屋なんですよ。それでキングが好きというのは、矛盾しているようですが。キングって、一つのコミュニティが崩壊する話を書くのがすきですね。

佐々木 延々とそれをくり返している。キング本人は、もしかするととても秩序を愛していて、それを壊すことで耐性をつけているようなところがあるのではないかと思ってみたりする。

宮部 インタヴューなんかでは、自分がいかにもエキセントリックな人間のようにみせかけているけど、キングはわりに普通の人じゃないかとは思ったりするんですけど。

佐々木 そんな気もしますね。

 驚異の描写力

宮部 『デスペレーション』に「お祈り小僧」と罵られる男の子が出てきますね。デヴィッドという少年。あの少年の使い方なんかあいかわらずうまいと思いました。自転車事故で植物人間になった友だちが、少年の祈りで生還したりする。一緒に遭難した仲間を自分の身を捨てて助け出す『ランゴリアーズ』の超能力を持った女の子の扱い方にも似ていますが。

佐々木 少年の聖性みたいなものが強調されていますね。

宮部 『デスペレーション』で、警官にある家族が捕らえられたことを暗示するのに、その家族の女の子が大事にしていたお人形を車のステップのところに無造作にころがしてある。なにか良からぬことが起こっていることを、それを見た人がパッと悟る。そういうあたりの描写はほんとうに映像的で、描写というのは、こうするんだよと言われているみたいで、ずっと教えられてきたような気がします。死体がころがっているより不吉な雰囲気がいちだんと出る。もし“神様”に会えるとしたら、「ああいう描写はどうして思いつくんですか」と訊いてみたい。

佐々木 自分のワープロの中には神様がいて、それに導かれて自然に書けてしまうんだというようなことを短編で書いていましたね。

宮部 「しなやかな銃弾のバラード」という、キーボードにお砂糖をかけてやるという作品です。

佐々木 そうそう。

宮部 あれは涙が出てくるような話ですね。ワープロを使っている物書きには涙なしでは読めない。

佐々木 切実な話ですね。

宮部 ワープロの小人さんが甘いものが好きだからといって、砂糖をまいたり、ドーナツを入れてやったりする。ほんとうは見えるはずのない小人がキーボードの間をうろちょろしているのが作家に見えて、一瞬読者にも見えるような気がする。あの作品は怖いというより、かわいそうな話。とにかく、作家も作家になりたい人をも奮い立たせる文章を書くナンバーワンの作家だと思っています。

佐々木 そういうことですね。

新潮社 波
1998年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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