『王様のためのホログラム』
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トム・ハンクスが主演熱望、映画公開も間近な大注目作
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
「強いアメリカ」はとうに消えていた。気丈に振る舞っていた米国の弱音が噴き出したのが、今回の大統領選である。そしてパクス・アメリカーナの終焉を、七年前の設定ですでに描いていたのが本書。エガーズといえばSNS小説『ザ・サークル』(’13)は衝撃的だったが、新政権誕生後のいま読むと、いっそう恐怖が実感できるだろう。「多数派による独裁」即ち「ポピュリズム」の悪夢が現実化した世界を描いているからだ。
『王様のためのホログラム』の舞台はサウジアラビア王国。ここに一人の米国人コンサルタントが降り立つ。セールスマンとして成功したが起業に失敗、フリーのコンサルタントになったものの、娘の学費が払えるかどうかの崖っぷちで、起死回生の大勝負に出ようとする。サウジ王の前でプレゼンをし、3Dホログラムを売りつける気だ。ところが、開発中の“都市”に乗り込んでも建物は三つしかなく、王様は待てど暮らせど現れない。さながらカフカの「城」かベケットの「ゴドーを待ちながら」のごとき空疎な時間が、美しい紅海を前に、砂のように掌から零れ落ちていく。
二〇一〇年というと「アラブの春」を迎え、サウジを第二のドバイ・リゾートにと期待が高まっていた頃だが、本書にはその行き詰まりと空中楼閣への不安が書き込まれている。密造酒と乱交のパーティ、主人公が回想する親友の自殺や離婚の顛末、娘に綴る情けない手紙……。主人公のうなじに出来る瘤のようなものが象徴的だ。かつては、“能率のためなら、労働組合切ってしまえ。アメリカ人労働者切ってしまえ”という姿勢で生きてきた彼は、酔った勢いで、この瘤は自分の一部か否かと自問自答、ついにナイフを手にとり……。
ホログラムの見せる虚像も、暗喩性に充ちている。アメリカ人は家猫みたいになってしまったと嘆き、強さに憧れる人物が出てくるが、この「予言」も中(あた)っていたのではないか。