異界の魅力が堪能できる 珠玉のダークファンタジー

レビュー

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無貌の神

『無貌の神』

著者
恒川, 光太郎
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041052693
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

異界の魅力が堪能できる 珠玉のダークファンタジー

[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)

『無貌の神』は、恒川光太郎にとって4年ぶりとなる短編集。金子富之の日本画「白面金毛九尾」を全面に使ったカバーが印象的だが、中身の6編(すべて怪談専門誌『幽』初出)も、それに負けない迫力を誇る、珠玉のダークファンタジーが揃った。といっても、作風はさまざま。

 表題作は、顔のないのっぺらぼうの神が君臨する“世界から見捨てられたような場所”を描く寓話的な幻想譚。つづく「青天狗の乱」では、江戸時代に流刑地だった伊豆諸島の架空の島を背景に、淡々とした回想形式で語られる怪奇ノワール風味の明治ミステリ。

 一番長い「死神と旅する女」は、大正時代、尋常小学校の帰り道に謎の男・時影(ときかげ)にさらわれた12歳の少女フジが主人公。時影が運転する緑色の幌つき二人乗り自動車で、時空を超えた旅が始まる。元の世界に帰るには、与えられた〈百舌間(もずま)〉という刀で77人の標的を暗殺しなければならない。時影の“絵筆”として、言われるがまま、次々に人を殺してゆくフジ。はたして時影の目的は?

 この作品と、次の「十二月の悪魔」にはSF的な仕掛けがあるが、幻想的なタッチとみごとに溶け合い、独特の恒川ワールドをつくりだす。

 5編めの「廃墟団地の風人」はミステリタッチのユニークな幽霊譚。短編小説のお手本のような構成だ。

 もっとも印象的なのは、掉尾を飾る動物幻想譚「カイムルとラートリー」。ラートリーと言えば、インド神話に出てくる夜の女神だが、作中では、足の不自由な第三皇女の名前。カイムルは崑崙虎(こんろんとら)と呼ばれる神獣で、幼いころ人間にとらえられ、皇帝陛下に献上されたのち、誕生日の贈り物としてラートリーに与えられる。つたないながら人語をしゃべるカイムルは、次第に皇女との絆を深めてゆくが……。ありえない物語がありありと語られ、やがて美しい結末へとたどりつく。

 以上、ハイレベルな全6編で、異界の魅力を堪能できる。

新潮社 週刊新潮
2017年2月23日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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