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「ゴシック」とは何か 異形の世界を覗く3冊
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
光よりも闇に憧れ、平穏な日常とは異なる世界を希求する。文学からファッションまで時代やジャンルを超えて存在する「ゴシック」とは何か。博覧強記の作家が考察していく。高原英理『ゴシックハート』(立東舎文庫)は発見に満ちた評論書だ。
著者はまずゴシックとは主義ではなく感受性であり〈好悪の体系のようなものだ〉という。そして『オトラント城綺譚』をはじめとした古典のゴシックのスピリットが、岡崎京子の漫画『ヘルタースケルター』や庵野秀明のアニメーション『新世紀エヴァンゲリオン』といった現代の表現にどのように受け継がれているのかを解き明かす。
〈好きなものは誰が知っていようが新しかろうが古かろうが何度でも何度でも愛し語り続けるべきである〉というスタンスで取り上げられた作品は、いずれも恐ろしかったり不気味だったりするが、既存の価値観に縛られない。今の世の中に違和感や疎外感をおぼえている人がゴシックに引きつけられるのは、死の気配が漂い異形のものが蠢く暗黒に極限の自由を見いだすからなのだろう。
例えばメアリー・シェリー『フランケンシュタイン』(新潮文庫)。若き科学者フランケンシュタインが、怪物を創造したために破滅する。怪物が人間を呪うようになった経緯を告白するくだりが哀しい。自分が何者かわからないまま、ある貧しい一家を観察して言葉をおぼえ、友達になりたいと願うが、容貌の醜さゆえに拒絶される。純粋な一方で悪をなすことをためらわない残酷さも持つ人外が魅惑的な物語だ。
高原英理が編んだアンソロジー『リテラリーゴシック・イン・ジャパン』(ちくま文庫)も必読。北原白秋の詩から現代日本文学の極北にある木下古栗の短編まで収録作はバラエティに富む。最後を飾る「グレー・グレー」は編者の自作だ。ゾンビがいたるところにいてコンビニで働くこともできる世界で、主人公は防腐処理した恋人の死体と暮らす。生と死の境目が溶けた灰色の街に降る雨の描写が素晴らしい。