夢枕獏 アメリカ大統領選の日に『ザ・カルテル』を読むということ。

レビュー

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ザ・カルテル 上

『ザ・カルテル 上』

著者
ドン・ウィンズロウ [著]/峯村 利哉 [訳]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784041019665
発売日
2016/04/23
価格
1,296円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ザ・カルテル 下

『ザ・カルテル 下』

著者
ドン・ウィンズロウ [著]/峯村 利哉 [訳]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784041019672
発売日
2016/04/23
価格
1,296円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

アメリカ大統領選の日に『ザ・カルテル』を読むということ。

読み手の期待を裏切り続ける興奮の展開。

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夢枕 今日は「メキシコとの国境に塀を作れ」と言っていたドナルド・トランプが大統領になった日ですから(二〇一六年十一月九日取材)、『ザ・カルテル』を語るには誠にふさわしい。トランプが塀を作れと言ったのは、メキシコから流入してくる移民が白人たちの仕事を奪っていくからなんですが、その中にはもちろん麻薬密輸ということも含まれている。

――なるほど。本を手に取られたきっかけは何だったのでしょうか。

夢枕 旅行をしたときに空港かどこかで、上巻だけ買ったんです、「おもしろかったら下巻も買おう」と思って。でも帰って来るときにはもう読み終わっていて、下巻も買ってましたね。主人公が何かの達人で悪の組織を滅ぼしていくみたいな話で最後にカタルシスがあるのかな、と勝手に思ってたんですけど見事に裏切られた。本を読む最大の喜びは期待を裏切られることですから、醍醐味を味わわせてもらいましたね。間違いなく二〇一六年のベスト1です。

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――小説のどういう点に魅力を感じられましたか。

夢枕 一点は、「すげえな」ということなんですよ。作者はかなリ取材してると思うの。凄惨な事件が辟易するほど起きるんだけど、その中に「事実だろうな」と思わせる部分がちゃんとあるんですよね。元極真会館の八巻建弐が僕の友人で、今はアメリカのある街で空手を教えてるんですけど、彼によれば「周りで毎晩のように人が死ぬ」というんです。赤ん坊の死体を運んでたやつがいて、不審に思っていたらお腹の中に麻薬が詰められてたという。そういう事件がごく身近であったと聞いて、「これは尋常じゃないな」という感覚を持った。それを思い出しながらこれを読んだんですよ。ドン・ウィンズロウという作家の書き方は僕と真逆で、「このキャラクターは殺さないだろう」という人をあっさり死なせてしまったりする。僕はキャラクターに奉仕する書き手ですが、彼の奉仕の対象はまったく別のものなんだろうという気がします。僕はキャラに流されてストーリーが変化したりする。ウィンズロウにはそこがないので、すごいと思いましたね。

カルテルとは、我々のことである。

3

――冷徹に、大局から物語を進めていこうとしている気がします。
夢枕 もう一つ感じ入ったのは、題名である『ザ・カルテル』の意味です。もちろん最初は、麻薬カルテルのことだと思って読むわけです。でも、それだけじゃない。ある登場人物が、友人をかばって麻薬組織に惨殺される。その人物が残した手記がいい。「カルテルとはお前たちじゃないか」と全世界に向かって叫んでいるんです。麻薬を作って売るやつがいる。そして買う人間がいる。でも、それだけじゃなくて、そういう社会のありようを許して、無関心に日常を過ごしている人たち、この世に生きているほとんど全ての人がカルテルの一員なんだと告発するものなんです。その志の高さに感動しました。娯楽小説というサービスを提供しつつ、作者の本音も主張していく。小説の部品としては余剰ともとれる個所ですが、この叫びがなかったら作品の価値は半減していましたよ。

夢枕獏(ゆめまくら・ばく)
1951年、小田原生まれ。89年『上弦の月を喰べる獅子』で第10回日本SF大賞、98年『神々の山嶺』で第11回柴田錬三郎賞、2011年『大江戸釣客伝』で第39回泉鏡花文学賞ほか受賞多数。主な著書に「キマイラ」「魔獣狩り」シリーズ、『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』など。最新刊に『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』がある。

取材・文|杉江松恋  撮影|ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2017年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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