平穏な日常が無残に崩壊してゆく――人気作家が描く謎が謎を呼ぶ迫真の「事故物件」ホラー

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

209号室には知らない子供がいる

『209号室には知らない子供がいる』

著者
櫛木, 理宇, 1972-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041043424
価格
1,650円(税込)

書籍情報:openBD

謎が謎を呼ぶ迫真の「事故物件」ホラー

[レビュアー] 東雅夫(アンソロジスト・文芸評論家)

 つい先日、怪談専門誌『幽』最新号の「夢野久作」特集の取材で福岡に赴いた。直前に届いた本書の校正ゲラを、往復の移動時間や宿泊先で読もうと、そのまま持って出た。

 北九州空港へのフライト中に、第一話「コドモの王国」を読み進めたのだが、第一印象は……実はあまり芳しくなかった。舞台は雪国(どこと明示されてはいないが、作者の出身地である新潟をイメージして読んだ)の市街地に建つ高層マンション。初めての子育てに困惑する若妻・飯村菜穂の視点から物語は語りだされる。しつけに無理解な夫、口うるさく干渉する姑……卑近な日常の描写が続き、そこへ不意に謎めいた闖入者が出現する。三歳の息子が仲良くなった二〇九号室の少年である。息子ばかりか夫までが、「あおい」と名のるその少年に夢中になり、まるで三人兄弟のように無邪気に遊びまわる始末。御近所から騒音を責められ、疎外感にも苛まれる妻は……。読み手を作中に引き入れるストーリーテリングは申し分ないのだが、これって同じ作者の『侵蝕 壊される家族の記録』と同工異曲の展開じゃないの!? と早合点してしまったのだった。

 わがテンションの降下とともに飛行機も高度を下げ、空港に着陸。小倉在住の福澤徹三さんと合流し、一緒に久作ゆかりの場所を探訪した。そして宿をとった小倉に戻る途中、ちょいと寄り道をして、ある場所に立ち寄った。福澤さんが怪談実話集『怖の日常』所収の「残穢の震源から」と「三つの事故物件」で紹介した、曰くつきの一帯である。事故物件ブームの立役者・大島てる氏が最悪の事故物件として言及している、謎の連続自殺が起きたマンションがある処と云えば、それと思い当たる「おばけずき」読者もあろう。

 さて、宿へ戻ってひと眠りしたあと、本書の第二話「スープが冷める」を読み始めた私は、思わずベッドの上で背筋をのばして正座するくらい、一驚を喫した。今度の話の主人公・石井亜沙子は、同じマンションの上層階に住む、ばりばりのキャリア・ウーマン。共稼ぎの夫が海外赴任したため、いまは義母と二人暮らしをしている。義母は、齢の離れた義父に依存して生きてきた、いまだにお嬢さん気質の抜けない性格。違和感をおぼえつつも、日々の激務に追われる亜沙子だったが、あるとき義母が、ショッピングセンターで迷子になっていた幼児を連れ帰ったことで事態は一変する。身元の知れない謎めいた幼児「あおちゃん」を溺愛する義母……おいおい、ちょっと待てよ。第一話の少年「あおい」と第二話の幼児「あお」は、もしや同一人物なのか!? だとしたら、年齢にズレがあるのは何故なんだ?

 作者の仕掛けにまんまとノセられながら第三話「父帰る」に進むと、今度は同じマンションの十六階に暮らす島崎家の物語となる。職場の上司だった夫の後添いとなった千晶は、高校生の継息子が連れてきた「葵」と名のる少年に、不穏なものを感じる。夫と自分の仲を疑いながら病死した先妻と、同じ名前だったからだ……。

 ここに至って、私は確信した。いやはや、恐れ入りました。これはサイコ系ならぬ堂々たる超自然ホラー——得体の知れない化け物めいた闖入者の出現によって、平穏な日常が無惨に崩壊してゆくさまを多視点で活写した、スティーヴン・キング直系ともいうべき正真正銘のモダンホラーではないか。しかも舞台となるのは、同一のマンション。いわば事故物件が刻々と同時多発する過程をリアルタイムで追いかける、かつてない小説的試みでもあるのだ。果たして本書の白眉というべき第四話「あまくてにがい」と最終話「忌み箱」では、怪しい二〇九号室の住人と、マンションのオーナーである女性の視点から、輻輳する謎が鮮やかに解き明かされてゆくこととなる。そこに浮かび上がるのは、土地に沁みついた底深い怨念……ちなみに先述の北九州某処のマンションについても、まさに土地の怨念というべき後日談があるのだが、委細は『幽』に寄稿した拙文を御高覧賜わりたく。

KADOKAWA 本の旅人
2017年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク