絡み合う心と事件。 この結び目は、ほどけるのか──謎解き、剣戟、人情が楽しめる時代ミステリの傑作

レビュー

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蝶結び かわら版売り事件帖

『蝶結び かわら版売り事件帖』

著者
犬飼 六岐 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041038161
発売日
2016/12/24
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

謎解き、剣戟、人情が楽しめる時代ミステリの傑作

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

 犬飼六岐の時代ミステリ『神渡し』は、かわら版の読み売り・才助、記事を書いている青山孫四郎、女絵師の市麻呂が、オカルトめいた事件を調べる謎解きの中に、現代にも通じるテーマを織り込んだ傑作だった。その待望の続編が『蝶結び』である。物語は独立しているが、本書をより楽しむためには『神渡し』を読んでおくことをお勧めしたい。

 第一話「影踏み」は、酔って記憶をなくした才助が目醒めると、知らない女の股間に顔をうずめ、その横に男の死体が転がっていた事件が描かれる。ミステリではお馴染みのシチュエーションだが、この事件は、かわら版で報じられた事件を模倣した可能性があると分かり複雑化していく。才助は、被害者の愛人の間男を容疑者としながらも、逃げた男(つまり自分)も追う奉行所をかわしながら真犯人を捜すので、スリリングな展開が楽しめる。

 第二話「凶刃」は、孫四郎が、幼い頃からの朋輩で、同じ小野派一刀流の道場に通った剣友でもある須田玄兵衛が乱心し、上役を斬って逃走したとの話を聞く。クライマックスには、玄兵衛を追う孫四郎が、道場では常に上にいた玄兵衛と戦う迫力の剣戟シーンもあるので、剣豪小説好きも満足できるはずだ。玄兵衛は単なる悪役ではなく、宮仕えに疲れ鬱憤を溜めていったとされる。それだけに、我が身に重ねる読者も多いのではないか。

 かわら版の内容をまねる事件が連続していると考えた才助は、第二話で、掏摸が身投げしようとした女を助けた事件を模倣し、夜鷹を呑み屋に誘い説教するも、支払いができなくなった間抜けな男がいたとの話を聞き込んだ。

 第三話「憑かれた女」では、その夜鷹から話を聞くため、才助が行方を追うことになる。夜鷹の仲間によると、捜している女は、何かに憑かれたという。確かに才助が見つけ出した夜鷹は、面相が変わっていたのだ。オカルトめいた事件が意外な形で決着する第三話は、ギャップに驚かされる。

 前作は長編だったが、本書は捕物帳の伝統に回帰した連作短編になったのかと思いきや、第四話「義賊」からは状況が一変する。構成にも一捻りを加えたのは、トリッキーな作品に定評のある著者の面目躍如といえる。

 かわら版を読むのが好きな真面目な桶職人・甚助が、女と歩いている力士に難癖をつけ返り討ちにあった。娘のおみつに助けを求められた孫四郎は、甚助を救う。孫四郎は、甚助がかわら版に書かれた事件を模倣したことに気付いていたのだ。この話を才助にすると、夜鷹を呑み屋に誘った間抜けな男が、甚助に似ていることも判明する。その直後、高利貸しを惨殺して証文を焼き、奪った金を裏店にばらまく事件が発生。やはりかわら版を模したこの事件に、甚助がかかわっているとの疑惑も浮上してくる。その頃、才助が働くかわら版屋の夕雲堂では、経営者の老夫婦が、店を借金ごと手代の平太郎と幸吉に売るという約束を反故にし、養子を迎えるという話が持ち上がっていた。

 長編となった物語は、犯人は甚助なのか、それとも誰かに操られているのか。黒幕がいるならそれは誰で、どんな方法で、何の目的で甚助を操ったのかなど、謎が謎を呼ぶ展開となり一気に加速する。前作は才助がメインの探偵だったが、今回は孫四郎が活躍する。甚助が逃走し、一人残されたおみつを守る孫四郎が、真相を突き止めようと奔走する人情味あふれる中盤以降は、犬飼六岐版『レオン』となっている。最終話「朧月」では、意外な場所に隠された伏線が繋がり、驚愕の真相が明かされるので衝撃も大きいだろう。

 かわら版に載った事件を再現する甚助の姿は、新聞が読者に与える影響の比喩にも思えた。現代の新聞は、自分たちが社会に与えるインパクトを想像できていないように見えることもあるので、本書がジャーナリズムの意義を問うていることも忘れてはならない。

 江戸の事件を通して現代の社会問題も暴く才助たちの活躍は、さらなる続編を期待したい。

KADOKAWA 本の旅人
2017年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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