シャイで不器用、傷つくことが怖くてたまらない女の子が生きることの温かさを知る

レビュー

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ハリネズミ乙女、はじめての恋

『ハリネズミ乙女、はじめての恋』

著者
令丈 ヒロ子 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041042359
発売日
2016/12/23
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

大人も子どもも関係ないで おもろいからみんな読んでや

[レビュアー] 森口泉(MARUZEN &ジュンク堂書店梅田店)

 幼少期に児童書を一切読んでいなかった私は、大人になり、児童書担当になってその豊かさを初めて知った。純粋さイコール青臭いと思っていた浅はかな考えは裏切られ、清々しく心地よい世界であることに驚嘆した。物語に没頭して、主人公に共感できる、児童書の力。令丈ヒロ子作品の魅力もまた、それである。

『ハリネズミ乙女、はじめての恋』の主人公、コノカは、関西人なら誰もが知っている、筋金入りのバリバリ芸人ファミリーに生まれ育つ。お母さんは元アイドル漫才師、おばあちゃんは音曲芸人で現役、お父さんは芸能事務所勤務。大好きなお兄ちゃんまで、有望な新人漫才師としてデビューし、ただいま人気上昇中。コノカは世間から注目されまくる日々が嫌で嫌でたまらなくて、高校を卒業してすぐに上京することに。東京で暮らし始め、さっそく、鈍くさいあまりに居酒屋の店員をクビになってしまう羽目になるけれど、誰も自分を知らない、自分が自分でいられる自由を噛みしめる。

 ふらりと入ったペットショップにいた、真っ白なハリネズミのあまりの可愛いらしさに、大阪のおばはんさながら話しかけてしまう。ああ、十九歳やのに大阪の血はなんて濃いんや、と自己嫌悪に陥るコノカの耳に、はっきりと声が聞こえてくる。自分にだけ聞こえる声の主は、コノカが話しかけてしまった白いハリネズミくんのようだ。この白ハリくん、ベタな関西弁を使い、けっこうお笑いにも詳しい。白ハリくんを買う財力がないコノカは、出会いの場のペットショップコニィで働きながら、白ハリくんと友情を深め、誰にも言えないことを言える、大切な親友になっていく。同時に、お店の同僚やお客様と心通わせ、少しずつ自分の居場所を獲得していく。そんななか、コノカと白ハリくんとの会話がSNSにアップされ、思いがけず人気者になり、「ハリネズミで腹話術をするアイドル芸人 ハリ乙女」として、何の因果か、あれだけ嫌厭していた、芸人としてデビューすることになってしまう。

 読み進めば進むほど、コノカが可愛くて愛しくてしょうがない気持でいっぱいになる。自分の生い立ちに背を向けていたコノカが、ペットショップで生き生きと働いていくさま。芸人として懸命に生きているようす。どれもとても健気で、手に汗握り、がんばれと声をかけたくなるのは、私が大阪のおばはんだからだけではない。この作品の、読者を巻き込む力は相当なものだ。気がつけばすっかり世界に入り込み、読み終えた時には、自分の足で動き出したコノカを、思いきり抱きしめたい衝動にかられる。こんなに心が浄化されるような作品は他にない。

 そして、ネイティブ・オオサカンの令丈ヒロ子は、笑いがリアルだ。会話の応酬、テンポ、ネタのクオリティなど、「あるある」では片づけられないほどのリアリティが、登場人物により存在感を与え、読者の作品への同化につながっていくのだ。

「ハリネズミのジレンマ」。「ヤマアラシのジレンマ」ともいわれるお話、ご存じだろうか。トゲのあるハリネズミ二匹は、とても寒い日、身を寄せあって温めあおうとする。しかし、近づけば互いのトゲが刺さり傷ついてしまう。離れてしまうと、どちらもまた寒くなる。寄り添いあいたいのに、近づくと傷つけあってしまうジレンマ。哲学者からうまれ、心理学者や精神分析家が論じたとされる寓話。このハリネズミと、コノカが重なる。傷ついてしまうから、自身のハリで自分を守っていたコノカは、誰かと温めあうことができるのだろうか。

 子ども時代に令丈ヒロ子を読んできた子どもたち、あるいは読んでいる子どもたち。君たちがうらやましい。でもこの作品は、一足お先に読ませてもらうよ。とは言っても、あっという間に君たちの手に渡るのだろうね。「大人も子どもも関係ないで。おもろいからみんな読んでや!」って、白ハリくんの声が聞こえてくるから。

KADOKAWA 本の旅人
2017年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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