「甲賀忍術の正統継承者」が秘密のベールに隠されてきた「忍び」の実像を明らかにする

レビュー

8
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忍者の掟

『忍者の掟』

著者
川上 仁一 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784040821061
発売日
2016/12/10
価格
972円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

忍術継承者による待望の一冊 市中の忍者本と一線を画する

[レビュアー] 山田雄司(三重大学教授)

 待望の川上仁一氏による書が刊行された。その名も『忍者の掟』。川上氏は甲賀忍之伝を継承する甲賀伴党二十一代宗師家で、六歳のときに師となる石田正蔵氏に出会って以降、さまざまな修行を積み、十九歳になる前に甲賀流忍術の伴党忍之伝を継いだという。その後企業に勤めている間も日々の鍛練を欠かさず、六十歳を過ぎた今でも五十前の私より体力的に優れている。一九八八年三月にNHKで放送された「北陸東海 若狭の鉄人─甲賀流忍者・川上仁一─」では企業で働いていたころの川上氏の姿を垣間見ることができるが、夜中に鉄球をパンチしたり、鉄棒を喉に当ててへし曲げたりなどの、厳しい鍛練をしていたことがわかる。修行内容は年齢とともに変えているとのことで、現在はそのような烈しい修行は行っていないそうだが、川上氏は忍術とともに神傳不動流柔術なども相伝していることから、それを習いに毎年外国から訪れる門弟も少なくない。

 私は三重大学社会連携研究センターの雑誌『Yui』の企画で、二〇一二年四月に初めて川上氏と対談した。そのとき二時間ほどの間、氏は正座した足を一度も崩すことなく背筋をピンと伸ばされていたことが大変印象的な記憶として残っている。それ以来、さまざまなことを教わり、氏の協力なくして三重大学における忍者・忍術研究は成り立たなかったし、拙著『忍者の歴史』をまとめることもできなかった。海外での忍者講座のため私は外国旅行をともにすることがあるが、これまで川上氏がトイレに行く姿を見たことがない。排便・排尿を我慢することも忍術修行のひとつであり、体によい悪いはともかく、幼少の時から我慢する鍛練をしたのだという。

 忍者の修行とはいかなるものなのか。古くは伊藤銀月・藤田西湖らによってその一端を知ることができたが、虚実入り交じり、どこまでが事実なのか見分けるのが困難なところもあった。本書ではそうした忍術について、忍術伝書および師より伝授されてきた内容を中心に紹介されており、川上氏しか知り得ない事実を開陳されていることに大変興味が引かれる。

 本書は、序章「現代に生きる『最後の忍者』」、第一章「忍びのこころ—忍者と忍術の神髄」、第二章「実践・忍びの術技」、第三章「忍者・忍術の歴史をたどる」、第四章「忍術の活用」、終章「忍者文化の将来展望」から構成されている。これまで忍者・忍術といえば、眉唾物、あるいは黒装束に身をまとい闇夜に紛れて暗殺を行う非道な者、さらには手裏剣を投げて立ち回りをする戦闘者といったさまざまなイメージが形成されているが、本書では、それは誤解であって、忍者本来の姿は人々や自然との「和」を求める者であり、忍術はそれを達成するために生まれた手法であるとする。相手の情報を収集して味方に知らせ、人心や情勢を操作し、攪乱、奇襲するといった役割を担っていたことが忍者の根源にあるとする理解は、文献を元に研究してきた私の考え方とも通じる。忍術は、長い戦乱を含めた生活全般の中で、人々が安寧に生きるための軍用技術として編まれたいわば「総合生存技術」で、決して戦いや殺人を目的として編まれたものではないとする氏の記述は意味深い。

 忍術の実際については、蓬左文庫所蔵『用間加條伝目口義』のもとであり氏の所蔵する甲賀流『加條之巻』や伊賀流『伊賀伝目』のほか、丹波地方で形成・伝承された村雲流忍術の『村雲流奥忍之巻』、さらには『伊賀流間法帯礎』などから紹介されており、これらは一般に披見することができない史料であることから、ぜひとも活字化を願いたい。その他、川上氏が全国を廻って収集した忍者・忍術史料が随所に紹介されており、本書は市中に出回っている忍者本とは一線を画した内容となっている。実際に忍術を伝承している人物によって書かれた書として、本書が刊行された意義は大変大きく、これからの一層の忍者・忍術研究の深まりを期待したい。

 ◇角川新書◇

KADOKAWA 本の旅人
2017年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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