「こち亀」の両さんから学ぶビジネスのヒント

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「こち亀」の両さんから学ぶビジネスのヒント

[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)

2016年9月、人気マンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(以下「こち亀」)の40年にわたる長期連載が終了しました。きょうご紹介する『「こち亀」の両さんのビジネスをマーケティング的に分析してみた』(濱畠太、総合法令出版)は、そんな「こち亀」全200巻から、ビジネスを成功させるためのエッセンスを厳選したユニークな書籍です。

ファンの間ではすでに有名な話ですが、「こち亀」にはビジネスやマーケティングにつながる要素がたっぷり入っています。「ただのマンガでしょう」と偏見を持って決めつけている人がいるとしたら、その考え方はマーケターとして相応しくありません。(中略)「こち亀」を「ただのギャグマンガ」として見下ろすことなく、ビジネスやマーケティングに使えるエッセンスが詰まった「バイブル」だと思って見上げてみる。そんな目で全200巻を読み返すと、それはもうヒントの宝庫です。(「はじめに」より)

「こち亀」の主人公、両さんのお金に対する執着は有名な話ですが、そもそも私たちが日常的に行なっている仕事にも、「世の中の役に立ちたい」などの美しいミッションがある一方、「利益を生む」という絶対条件があるもの。お金を意識しなければビジネスとは言えません。だからこそ、その意識を明確に持ち、消費者に、そして自らの能力に向き合い、仕事に、収益の可能性に、未来に向き合う。それこそが両さん流のマーケティングなのだと著者はいいます。

第1章「両さんから学ぶビジネス成功のポイント」から、いくつかの要点を引き出してみたいと思います。

柔軟な姿勢から”価値”が生まれる

この章でで登場するのは、「こち亀」第47巻「柔硬ちょうだい!?の巻」のエピソード。一流大学出のガリ勉タイプで、融通の利かない少年課の新人警官・真締(まじめ)の頭を柔らかくしてほしいと、両さんが指導を受け持つことに。そこで「趣味の広さは人間の豊かさにつながる」と教え諭し、仕事をさぼって昼寝、パチンコ、夜のキャバレーと連れ回します。しかし1週間後、真締は両さんの影響を受けすぎて、仕事をまったくやらなくなり、人間がまったく変わってしまったという話です。

両さん「お前マージャンできるか?」
真締「いいえ! マージャンなど不良のやるものです さわった事もありません」
両さん「その不良を扱うのがお前のいる少年課だろ! マージャンも知らないでそいつらの気持ちなど理解できるはずない」
(17ページより)

少年課であれば、ときには不良少年を相手にしなければならないはず。そんなとき、彼らが好きなマージャンやバイク、競馬などの経験がなければ、対等に渡り合うことは不可能だという考え方です。いかにも両さんらしいですが、たしかに理にかなっています。

人を動かし説得するために必要なのは、「相手の立場に立って物事を考える姿勢」。それがなければ、他人を説得することはできないということ。そして、それはビジネスにおいても同様だと著者はいいます。顧客のことを考えず、自分たちの立場からのみ商品やサービスをつくってしまったとしたら、お客さまから選ばれることはないのだから。いいかえれば、顧客志向こそが大切だというわけです。

さて、さらに両さんは部長らを説得するため、次のようにも述べているそうです。

「部長やそいつの様に学校の勉強だけ詰めこまれた人間は杓子定規の損得主義ばかりじゃないすか!」
「正面ばかりでなくいろんな方向から物を見ないとわからんでしょうが 心理というものは!!」
(18ページより)

このように「多角的な視点で物事を考える」という発想は、マーケティングにおいても重要。自らの業界や職務の知識を蓄えるのは当然ですが、それだけではおもしろみに欠け、周囲とのコミュニケーションロスも生まれてしまうわけです。つまり、そこからイノベーションや斬新な企画が生まれる可能性は少ないということ。

たとえば既存の携帯電話ばかり見ていては、キーボードをなくすという「iPhone」の発想は生まれないはず。また視力のことだけ考えていたのでは、「PCメガネ」という新しい需要を喚起することも不可能。だからこそ、イノベーションの種を求め、外に目を向けるべきだと著者は主張しています。

「私のように自分で見て聞いて知って自分で判断してこそ鋭い発想力想像力をもった人間になれるのです!」
(19ページより)

一律の学校教育からしか学んでいなければ、基本的な業務ができたとしても、不測の事態に対処することは難しくなるでしょう。ところが現実のビジネスは、不確定要素や正解のない問題ばかり。そのため、幅広い経験が求められるということです。特にリーダーに必要なのは、基本的な知識や技術だけでなく、あらゆる状況に対処し、社員の気持ちを考えられる人間的魅力。(16ページより)

資金や人的資源が乏しければ、人脈をフル活用する

次の章で取り上げられているのは、第133巻「ケーブル王両津!の巻」。亀有ケーブルテレビの番組に出演した両さんが、加入者の少なさに驚き、アドバイスをするという話です。そのおかげで次第に加入者が増え、放送エリアも拡大していくことに。さらに両さんファンの海外セレブの協力も得て、世界規模のテレビ局に成長するというのです。両さんは警察官を辞めて社長になったものの、周囲の意見を聞かず、ワンマン経営で人望を失って社長をクビになってしまうという結末です。

両さんが技術指導をすることになった当初、亀有ケーブルテレビの加入数はわずか38件で、1日の放送はたったの6時間で同じ番組を繰り返し放送している始末。ここから、どうやって盛り上げればいいのか苦慮することになったわけですが、そのためのポイントはどこにあるでしょうか? この場合、加入者数を増やすために必要なのは、「1.放送時間の拡大」「2.コンテンツの充実」「3.継続的に見てもらえる仕組みづくり」の3つ。

ユーザーにはそれぞれの生活スタイルがあるもの。しかも他局では無料でおもしろい番組を放送しているのですから、同じ番組を繰り返し放送しているだけでは、ユーザーは満足しないわけです。そこで、まず放送時間を拡大することで、サービス内容の充実を図ろうというわけです。

また、無料の民放とは異なり、有料のケーブルテレビが加入者を獲得したいのであれば、必要になるのは有料ならではのコンテンツ。いわば「お金を支払ってでも見る価値がある」番組を配信しなければならないわけです。だとすれば、ここでは「エリア限定」という点を長所にするしかないことになります。自分の知っている町、人、情報がエリア限定で放送されているのなら、見たくなるものだからです。

そしてもう1つ必要になるのは、加入してくれたユーザーが継続的に利用したくなるようにする施策。たとえば連続ドラマのような継続して見たくなるコンテンツの配信や、他にはない独自番組の制作、スポーツの独占放送権の獲得などが考えられます。

有料なので、「ながら視聴」ではなく「見る理由」を与えることが重要。そこでこれらの施策を組み合わせれば、加入者の創価が見込めるという発想です。とはいえ、使える資源は限られています。そこで、両さんが活用したのが人脈。大企業の御曹司である中川の協力を得て海外テレビドラマの放送権を買い取り、まずは女性の支持を獲得。これは、「女性は口コミを誘発しやすい」という特徴を加味した、両さんの戦略だったのだそうです。

「女性に人気のドラマをラインナップしてるからな 予定どおりだ」
(27ページより)

そして女性の支持を得たあとは、男性ユーザーの取り込み。ふたたび中川の協力のもと、サッカー、大リーグ、NBAなど、プロスポーツの独占放送権を獲得していったのです。つまり両さんは、もっとも難しいコンテンツの拡充を人脈を生かすことによって乗り切ったわけです。資金や人的資源が乏しいときこそ、人脈が活きてくるということ。起業当時は経営資源が乏しいだけに、人脈が問題を解決するカギになるというのです。

しかし、カネや地位に目がくらんだ両さんは、やがて独裁的な経営をするようになります。すると周囲の協力者は手を引きはじめ、ついに株主総会で社長をクビになってしまうことに。この展開は、「人脈は活用するだけでなく、維持していくことが大切」だということを教えてくれます。ここから学べるのは、両さんのように私利私欲にとらわれず、感謝の気持ちや「世の中をよくしたい」という熱意を持ってビジネスを進めていくべきだということです。(24ページより)

冒頭でも触れたとおり、両さんのお金に対する執着や、さまざま商売を漫画の中で行なっていることは有名でした。しかし、その中に詰まったビジネスのヒントを書籍にまとめようという発想はなかったはず。それをいち早くやってのけたという意味でも、本書には価値があるように思います。柔軟な発想力を身につけるために、読んでみてはいかがでしょうか?

(印南敦史)

メディアジーン lifehacker
2017年2月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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