『羊飼いの暮らし』 ジェイムズ・リーバンクス著

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羊飼いの暮らし

『羊飼いの暮らし』

著者
ジェイムズ・リーバンクス [著]/濱野 大道 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
産業/農林業
ISBN
9784152096685
発売日
2017/01/24
価格
2,592円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

『羊飼いの暮らし』 ジェイムズ・リーバンクス著

[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)

歴史の一部という自覚

 イギリスの湖水地方には、600年にわたって続く伝統的な牧畜文化があるという。それは「フェル」と呼ばれる山に羊の群れを住まわせるもので、飼い主から離れた群れは一時期を自由に過ごす。本書はその歴史ある農家に生まれた著者が、羊飼いの一年間を思索的に綴(つづ)る。

 読んでいると、湖水地方の風景やそこで生きる人々の姿が目に浮かび、風の匂いまでがありありと感じられるようだ。深い緑に覆われた夏、収穫と競りの秋、厳しい冬と新たな命が息吹(いぶ)く春。一族が何世代にもわたって繰り返してきた日々と家族の歴史を描きながら、土地に根差して生きることの意味や喜びを浮かび上がらせる筆致が心地よい。

 変化や進歩こそを「正しさ」とする価値観に対峙(たいじ)させるように、〈世の中には、決して変わらないことがある〉というメッセージを著者は何度も強調する。日本の里山がそうであるように、湖水地方の美しい風土もまた、名もなき人々によって形づくられ、守られてきた。自身がそうした歴史の一部であり、背中を見て育った祖父や父の物語を受け継いでいるのだという強い自覚が、世界を見る著者の眼差(まなざ)しの確かさに繋(つな)がっていることが伝わってくる。

 また、描写の中で「過去」と「いま」は自然と溶け合っており、そのことが羊飼いの人々の世界観を表現しているように思えた。牧畜、それも特に湖水地方では〈過去と現在は――どこが始まりでどこが終わりなのか判別できなくなるほどに――いつも隣り合わせで、互いに重なり合い、複雑に絡み合う〉と著者は書く。人や羊の生には限りがあるが、人が羊とともに暮らす生活は連綿と続いてゆく。羊を追い、毛を刈り、食肉として売る。その一つひとつの仕事に、長い歳月をかけて受け継がれてきた記憶が埋め込まれているのだ、と。著者は一人の羊飼いとして、その記憶に連なる。そうして一人の若者が揺るぎない個を獲得していく姿に魅力を感じた。浜野大道訳。

 ◇James Rebanks=羊飼い。オックスフォード大卒。持続可能な観光についてのユネスコ・アドバイザー。

 早川書房 2400円

読売新聞
2017年2月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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