『突変世界 異境の水都』森岡浩之/『無貌の神』恒川光太郎
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
ある日突然、世界の一部が異形の生物の跋扈する〈裏地球〉へ転移する。森岡浩之『突変世界 異境の水都』(徳間文庫)は、日本SF大賞受賞作『突変』と同じく、突変現象という災害をめぐる物語だ。本書で転移するのは、大阪市を中心とした関西の広域。行政機関、企業グループ、宗教団体、自警団……さまざまな勢力が入り乱れ、権力闘争を繰り広げていく。
主な視点人物は三人だ。宗教団体〈アマツワタリ〉の指導者でもある少女・天川煌(あまかわきら)の警護を務める岡崎大希、混乱に乗じてならず者を集め独立自警団を組織する田頭誠司、電車のなかで突変に遭遇する出灰万年青(いずりはおもと)という男子中学生。彼らはそれぞれの理由で、自治政府の拠点がある人工島に集結する。国家と切り離された自治体の混乱と新しい秩序が形成される過程にリアリティがあり、〈チェンジリング〉と呼ばれる恐ろしい生物の造形もユニーク。何より登場人物がみんなチャーミングだ。
〈ボディーガードになったのは、「なんとなく」でも「しかたなく」でもない。誰かを護りたいから志したのだ。そして、護るからには、身体だけではなく、魂も護るべきだ〉という大希、若くして人々を統べる風格を持った煌、粗野で横暴だがどこかナイーブなところがある誠司、ちょっとぼんやりしているが思いやりのある万年青。採用試験として棒アイスを三本買ってくるよう命じる経営者や、ボスに対して言いたい放題の秘書、非常時でも飄々としている煌の後見人など、サブキャラクターも曲者揃いで会話を読むのが楽しくて仕方がない。終盤の決戦シーンは迫力満点。もっと突変世界のことが知りたくなる。
恒川光太郎『無貌の神』(KADOKAWA)は、神話的な幻想小説。燃える町から逃れ深い森に抱かれた小さな集落に迷い込んだ少年が顔のない不思議な神の話を語る表題作など、六編を収めている。「死神と旅する女」がいい。時は大正時代。流されやすい代わりに決断の速い少女フジは、時影と名乗る中年男に出会い、妖刀・百舌真(もずま)を用いて七十七人の男を殺すまで旅をすることになってしまう。時影は〈ちょうど画家が絵を描くようにな。運命に注文された《世界》という絵を作っておる〉と言う。彼の作った絵はどんなものだったのか。歳月を経て明らかになるくだりに唸らされた。他の短編も時の影でひそやかに世界を変容させるものを描いている。
恐ろしく悲痛な話が多いけれど、巻末に収められている「カイムルとラートリー」は舞台が異国でテイストが違う。人間の言葉を話すことができる崑崙虎(こんろんどら)カイムルと、足の不自由な皇女ラートリー。孤独な獣と人間が少しずつ心を通わせていく。ひらがなでしゃべるカイムルが愛らしく、ラストシーンは開放感に満ちていて美しい。