会社がお金を残していくためには「どんぶり勘定」でいい?
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
『会社のお金は通帳だけでやりくりしなさい お金が残る「どんぶり勘定」のススメ』(神田知宜著、あさ出版)とは、ずいぶん大胆なタイトルです。しかし著者は、「どんぶり勘定」でやりくりをしていけば、自然と会社にお金が残るようになるのだと主張しているのです。
本書では、会社の過去の数字(決算書)の話を「あっちの世界の話」と呼び、会社の未来の数字(お金のやりくり)の話を「こっちの世界の話」と呼んで、区別しています。
誤解を恐れずに言えば、社長にとって過去のことは、どうでもいい話です。大切なのは、未来です。
そのため、本書では、「あっちの世界」のことは一切見ていきません。ですから、決算書の読み方などを勉強したい方は、本書ではなく別の本を手に取ってください。
会社の未来のお金を「どんぶり勘定」でコントロールしていくやり方を知りたい方は、ぜひお読みください。「どんぶり勘定」は未来をやりくりする「こっちの世界」のお話です。(「はじめに」より)
そこで、まずは通帳を用意し、本書で紹介されているシンプルなどんぶり勘定式の「やりくり」をそのまま真似してほしいと著者は記しています。そうすれば、これから先、お金をどう回していけばいいかが自然にわかるようになり、意識も行動も結果も変わってくるというのです。
その基本的な考え方を確認するために、第1章「お金のやりくりは『どんぶり勘定』でいいんです!」を見てみましょう。
お金のやりくりに決算書は必要なし
著者は、「決算書は税金を計算するためだけにあり、経営の役には立たない」と断言しています。つまり決算書の数字は、税金を計算するための数字であり、現実を反映しているわけではないということ。だからこそ、決算書の数字を使って1カ月先、3カ月先、6カ月先、1年先の会社のやりくりを判断しようとしているのなら、判断したことと現実がズレてしまうということです。(16ページより)
キャッシュフロー計算書もいらない
決算書とは、貸借対照表と損益計算書の2つの表の総称。簡単にいうと貸借対照表は会社の「持ち物リスト」で、損益計算書は会社の「儲けの表」。この2つの表(決算書)は税金を計算するためだけにつくられるものなので、将来的にお金をどうやりくりするかについては役に立たないわけです。
なお、お金のやりくりに役立つものについて考えるとき、キャッシュフロー計算書が引き合いに出されることがあります。ところが、キャッシュフロー計算書を見たところでお金の流れはわからないというのです。
なぜなら、そもそもキャッシュフロー計算書は、上場会社のためだけにあるものだから。上場会社は、キャッシュフロー計算書をつくって投資家に公開しなさいと義務付けられています。つまりキャッシュフロー計算書とは、社長(経営者)向けではなく、投資家向けの情報だということ。社長の目の情報ではないので、社長がお金のやりくりのためにキャッシュフロー計算書を活用しようとするのはナンセンスだということです。(18ページより)
「やりくり表」を使おう
こうした考え方を図にまとめると、以下のようになるそうです。矢印が左から右へ流れているのは、これが時間の流れを意味しているから。真ん中に現在があり、左側が過去で右側が未来を表しているわけです。そして決算書は、この図の左側に位置しているのだそうです。これは、決算書は過去の数字をまとめるのに適していることを示しているのだとか。
いいかえれば、決算書の中身は過去の数字の寄せ集め。だから、税金を計算するのには適しているわけです。キャッシュフロー計算書も過去の数字の寄せ集めで、投資家がどの企業に投資をしようかと考える際の判断材料になるのだといいます。
未来の数字をどうやりくりするかについての判断材料となるのが、図の右側にある「やりくり表」。会社の数字を、過去と未来に分けて考えることが大切だということです。ところが、一般的には下図のように捉えられているといいます。
会社が未来にお金をどうやりくりすればよいか、決算書の数字で見ていこうとする考え方が一般的だということ。しかし何度もいうように、決算書はお金の流れを表しているものではないので、会社の未来やお金のやりくりを考えるにあたっては意味を持たないということ。
そこで会社の数字を見るときは、「過去の数字の世界」と「未来の数字の世界」とを分けて考えるべきだと著者は主張しているのです。分けて考えることを強く意識してもらうために、決算書の「過去の数字の世界」を「あっちの世界」と呼び、やりくり表の「未来の数字の世界」を「こっちの世界」と呼んでいるということ。
なお、「あっちの世界」は法律に基づいているため専門的ですが、「こっちの世界」は専門知識が必要ないため簡単なのだそうです。(20ページより)
半年後、1年後のお金の動きがわかる
やりくり表を使えば、会社の未来の数字がよく見えるようになるといいます。たとえば「1カ月先、翌月末までに会社に入ってくるお金がこれくらいで、出ていくお金がこれくらいだから、翌月末にはこれくらい手元に残っているはずだ。翌月末までに用意しておかなければならないお金はこれくらいだ」というような情報が、難しい計算をしなくても、手に取るようにわかるわけです。
そのため資金ショート(残高不足)を未然に防ぐことができ、会社から出ていくお金に対する意識の感度も圧倒的によくなるのだとか。また1カ月間で会社に入ってきたお金の合計額と、1カ月間で会社から出ていったお金の合計額もすぐにわかるため、会社に入ってくるお金と出ていくお金のボリュームとタイミングに対する意識も変わってくるといいます。つまり、やりくり表を使えば、会社のお金に対する意識が代わり、行動が変わり、その結果として会社のお金が残りやすくなるということ。
しかも、会計や簿記の専門知識は一切必要なし。誰にでも簡単に理解でき、使いこなせるというのです。やりくり表ができあがって軌道に乗れば、経理担当者が一日1分程度エクセルに入力するだけで、6カ月先を予測しながら楽にやりくりできるようになり、お金が残りやすい会社に変わるそうです。(24ページより)
「どんぶり勘定」だからお金が残る
とはいえ、やりくり表がどれだけ優れたものであっても、誰が見てもわかるくらいシンプルで、使いやすくなければ意味がありません。そのための鍵は、やりくり表を「どんぶり勘定」でやること。これが、とても大事だというのです。
ところで有名な話ですが、どんぶり勘定の「どんぶり」が、かつ丼などの食器のどんぶりのことではありません。昔、職人さんなどが身につけていた前掛けのお腹の部分についていたポケットが「どんぶり」。そこに紙幣や硬貨を入れて、お金の出し入れをしていたわけです。その様子が大雑把に見えたため、大雑把でいい加減なお金の出し入れのことを「どんぶり勘定」と呼ぶようになったということ。
ただし、実際に職人さんは「お金の流れ」をわかりながら、お金の出し入れをしていたはずだと著者は記しています。「きょうはこれだけの入りがあって、これだけの出があった。残りはこれくらいあるから、明日はあれを買える」というように、きちんとお金を管理していたというのです。
そして、この「お金の流れ」こそが大切なのだそう。お金の流路は、お金の「入り」と「出」と「残り」のこと。会社のお金の流れをつかむには、難しい計算をする必要などなく、単純にお金の「入り」と「出」と「残り」の3要素だけを見ていけばこと足りるという考え方。そうやって日々のやりくりをしていくことこそが、本来の「どんぶり勘定」だというわけです。
だからこそ、私たちも職人さんのように、決算書や経営分析などの難しいことはひとまず横に置いておき、単純にお金の「入り」と「出」と「残り」の3要素だけを見ていけばいいのだと著者はいいます。そんな「どんぶり勘定」の考え方をやりくり表に落とし込めば、簡単に会社のお金の流れをつかめるようになるとも。(26ページより)
こうした考え方を軸に、以後の章ではどんぶり勘定式やりくり表の具体的な考え方、つくり方、使い方を分かりやすく解説しています。
なお著者は、お金に関する不安を抱えている社員30人未満の会社の社長さん、起業を考えている、あるいは起業したばかりの社長さん、そして新たな投資を考えている社長さんには、特に本書に書かれていることを実践してほしいのだといいます。とはいえお金を効率的に残していくという意味では、経営者以外の人にも読んでみる価値はありそうです。
(印南敦史)