『バラ色の未来』刊行記念 真山仁インタビュー

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バラ色の未来 = ROSY FUTURE

『バラ色の未来 = ROSY FUTURE』

著者
真山, 仁, 1962-
出版社
光文社
ISBN
9784334911454
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『バラ色の未来』刊行記念 真山仁インタビュー

[文] 末國善己(文芸評論家)


真山仁さん

―― この作品では、カジノを含む統合型リゾート(IR)をめぐる事件が描かれますが、なぜこのテーマを選ばれたのでしょうか。

真山 最初の依頼は、「社会派ミステリーを書いて欲しい」でした。社会派ミステリーといえば、すぐに松本清張さんや森村誠一さんが思い浮かびますが、お二人とも作風が違います。社会派ミステリーとはどういうものか、その定義から考えてみました。私の出した結論は、「政治や国家が、国益のために個人を見殺しにする物語」というものです。例えば「次に大雨が降ったら洪水で被害がでるのに、なぜか放置された」という謎があり、その真相を浮かび上がらせれば社会派ミステリーになる。社会や政治が見殺しにするなら、間違いなく中小企業か地方です。それで、地方を舞台に何をテーマにするか検討するうちに、「地方に大きなお金が落ちるイベントがあって騒ぎになったものの、中央の勝手な思惑で潰れた」というケースが、新幹線や工業団地の誘致など昔から繰り返されてきたことに気付きました。その二十一世紀版ができないかと考えて、思い付いたのがIRなんです。連載を始める頃に、IR法が話題になり、広告代理店が前のめりで動いているとも聞いていました。IRは得体が知れませんし、何より、金と欲望をカモフラージュしているのが面白い。ただ、そう簡単には日本で実現しないだろうとふんでいました。

―― では先日、IR法が急転直下、成立したのには驚いたのではないでしょうか。

真山 連載の初期は、IR法が通る前提で書いていました。ただ東京でIRの誘致に動いていた猪瀬直樹さんが都知事を辞め、反対派の舛添要一さんが知事になって国会も荒れていました。そのためIR法の成立はしばらく先の話になると思っていたのですが、連載が終わった直後に、突然、臨時国会でIR法を動かすという話になりました。それでも「問題が何一つ解決していないのに、動くはずはない」と思っていたので、成立した時は驚きました。結果的に新作の刊行と重なり、話題になるので作家としてはラッキーですが、一人の国民としては複雑な気持ちです。

――『ベイジン』は、福島第一原子力発電所の事故の前に、同じ原因の全電源停止による原発事故を描き、予言的と評されました。今回もIRが推進された日本が舞台になっていますが、なぜ予測が的中するのでしょうか。

真山 予測しているわけではないのですよ。タイミングが重なったことについては、今回は本当に驚きました。ただ、成長戦略は、アベノミクス三本の矢の三本目です。政府は短期間に成長する産業を探していますから、IRに飛びつくのは時間の問題でした。『ベイジン』の例がでましたが、私はいつも当たって欲しくない予想が当たるんです。悪い話ばかり当たるのは、日本のリスクを見ていて、そこから小説の題材を探しているからだと思います。


「悪い話ばかり当たるのは、日本のリスクを見ていて、
そこから小説の題材を探しているからだと思います」

―― 物語の舞台は、山口県の関門市に初のIRができた日本。九州で起こった一家心中事件と、IR法を推進し、地元への誘致も画策していた青森県円山町の鈴木元町長が、東京でホームレスになり死亡した事件、一見すると無関係に思えた事件が、東西新聞の取材によって次第に繋がっていくという魅惑的な展開になっていました。

真山 謎はありますが、一般的な社会派ミステリーや、謎解きを重視する狭義のミステリーをイメージしている読者には、「違う」と言われるかもしれません。今回、私が目指したのはフーダニットやハウダニットではなく、不可解な一家心中と元町長の死の裏に何があるのかというホワイダニットです。松本清張さんが「ミステリーを見世物小屋から出そう」とリアリティー重視を提言して、社会派ミステリーは広まりました。この作品も、荒唐無稽でない謎と、リアルな展開を作れたと考えています。

―― 結城洋子が率いる東西新聞の取材チームと、IRがらみのトラブルをもみ消そうとする広告代理店の堤剛史、瀬戸隆史の暗闘を軸にしているので、コンゲーム色が強くなっていました。新聞と広告代理店は、今やネットの世界では嫌われ者の二大巨頭になっていますが、それをあえて選んだのでしょうか。

真山 小説は構想に一年か二年、連載から本にするまで一年以上かかるので、今最新のネタを選んだとしても、完成する頃には時代遅れになります。今回も、私が選んだ題材が、たまたま現在の社会問題と合致しただけです。ただ、私が記者だったこともあって、「マスゴミ」と叩かれている新聞にエールを送りたいという気持ちはありました。東西新聞の記者は、少し引っかかったところを調べて意外な真相にたどり着きますが、こうした地道な取材は実際の記者も行っています。マスコミ批判をするなら、その事実を知り、本当に批判すべきところがあるかも考えてやって欲しいですね。広告代理店は、IR推進に動いている事実があったので、必然として出しました。問題が起こると、あくまで代理店と開き直る当事者意識のなさは、作中で書いた通りです。

―― IRについては、取材されたのでしょうか。

真山 『レッドゾーン』の取材でマカオへ行き、今回はシンガポールで取材しました。マカオが初のカジノで、主人公の鷲津がバカラをやるシーンを書こうと思っていたので、自分でもやってみました。すると四連続で勝ったんです(笑)。私は小説の取材と割り切っていたので、もし連勝しても一回負けたら席を立つと決めていました。バカラは、ギャラリーがどのプレイヤーが勝つか賭けるので、周囲に煽られると立ちにくくなります。それでも立とうとすると、ブーイングが起こって、肩を押さえ付けて座らせようとする人もいました。何とか決めていた通りに席を離れることができましたが、カジノの熱気に触れたので、ギャンブル依存症になる理由も納得できました。


「カジノの熱気に触れたので、ギャンブル依存症になる理由も納得できました」

―― 作中では、IR法案の行方を左右する人物がギャンブル依存症になっていきますが、あのシーンが生々しかったのは、実体験があったからなんですね。

真山 そうです。マカオはカジノが建ち並んでいますが、シンガポールは豪華なリゾートホテルの奥、見えないところにカジノがあります。それでも入ると別世界です。当初シンガポールはカジノに反対していたのですが、マーライオンだけでは観光客が呼べないとなって、カジノ誘致に動きました。これは観光資源がない円山町が、カジノを誘致する理由と同じです。

―― この作品は、日本初のIRが、あまり成功しなかったところからスタートしますが、実際にIRは成功しないとお考えですか。

真山 難しいと思います。先日成立したIR法は、IR委員会が設置を許可したIRを作ってもいいというもので、最低限のルールが決まっただけです。IR委員は誰になるのか、設置の基準がどうなるのかなど、すべてこれからです。この作品では、地方自治体がIRの誘致に動きますが、実際にカジノの専門家に聞くと、大都会しかペイできないと言っています。カジノは、年間で兆単位を売り上げないと儲からないのですが、それを考えると地方での成功は難しく、東京、横浜、大阪までのようです。カジノ以前に、IRは国際会議場の稼働率も重要なのですが、日本では国際会議をそれほど誘致できていないし、IRの成功に不可欠な二十四時間使える空港もありません。パチンコやパチスロとの整合性をどのように図るかも重要なので、問題は山積みです。


「読者が感情移入できる小説だと、
自分のこととして考えてもらえます」

―― 作中で、カジノ抜きのIRは可能かという問い掛けがありました。これはカジノは複合施設の一部に過ぎないという主張の欺瞞を暴いているように思えました。

真山 これは誰もが感じる素朴な疑問ですよね。IRに必要なのは、国際会議場、リゾート、高級なレストランとホテル、そしてカジノですが、カジノ以外は日本中にあります。USJとディズニーリゾートは成功していますから、それに国際会議場を加えればいいのですが、そうはならない。要するに、IR推進派が必要としているのはカジノなんです。日本人はずる賢くなっていて、反対されると分かっているものは、何重にもオブラートに包んで本質を見えにくくしています。だからIRの問題は、働き方改革や一億総活躍といったよく分からないスローガンとも似ています。

―― IR誘致の噂が出て、地方の有力者が土地を買い占めるエピソードがありました。これは新幹線でも大型商業施設でも同じなので、この作品はIRを通して、地方創生がどれほど難しいかという普遍的なテーマを描いているようにも思えました。

真山 その通りです。中央がもちかけてくる新しいプロジェクトに踊らされて、地方が破滅していく図式は、今も昔も変わっていません。

―― バブル崩壊を経験しながら、すぐに濡れ手で粟を考える日本人への批判は、『ハゲタカ』から一貫しているように感じたのですが。

真山 『ハゲタカ』に似ているとしたら、どちらも「お金は人を幸せにするのか」という問いかけが私の中にあるからでしょう。お金はあるに越したことはありませんが、あればもっと使いたくなるし、使えばもっと欲しくなる。日本には「ほどほど」という文化があり、「お金をたくさん持つと大変なことになる」と戒められてきましたが、守られたことはありません。それは欲望が人間の性(さが)だからでしょうね。ノンフィクションで強欲な人を描いたら、「でも自分は普通に生きているから関係ない」と思われる可能性もありますが、読者が感情移入できる小説だと、自分のこととして考えてもらえます。この作品は、誰の故郷でも起こり得る物語を書いたつもりなので、IRのこと、地方創生のことなどを、読者一人一人に考えていただければと思っています。

光文社 小説宝石
2017年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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