『木足の猿』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
幕末明治は、面白い――『木足の猿』刊行エッセイ 戸南浩平
[レビュアー] 戸南浩平
「とっても面白い!」――――これが「木足の猿」を読んだ読者の感想だったらどんなにいいだろう、とは思いますが、幕末明治という時代のことです。
なぜ面白いのかと考えるに、やっぱり、異文化流入と価値転換が史上最大規模で起きた時代だったからでしょう。
先の大戦後もすごかったでしょうが、当時すでに日本は西洋近代化のアジアチャンピオン。いわばヘビー級とライト級の違いはあっても、あくまでボクシングの戦いでした。
ところが幕末明治は、向こうがボクシングなのに、本邦は柔道で立ち向かった異種格闘技戦。投げ飛ばすもなにも、こちらが襟を取ろうと手を伸ばすと、触れる前にメガトン級パンチが飛んでくる。これじゃあ勝負にならねえと、柔道着を脱いでサンドバッグを叩きだしたのが、いわゆる文明開化、富国強兵といったところでしょうか。
江戸の頃は、扁平な顔にチョンマゲつけて猫背ぎみに歩いていた人間ばかりだったのに、そこに、昔さんざん苛めて追い出したはずの伴天連(バテレン)が、紅毛碧眼(こうもうへきがん)の白い巨人がのっしのっしと往来を行く。幼い童なんかは、「赤鬼に丸かじりされる!」って本気で怖かったかも。
鉄道。煙モクモク激走する鉄の塊は、まさに化け物。江戸の頃は、馬にしろ駕籠にしろ大八車にしろ、大火事のごとく黒煙を噴き出しながら陸上を行く乗り物なんかなかったわけですから、「燃えているのにどうして走るんだ?」「なんで消さないんじゃ?」「尻に火がついた奴がアチーッと泣きながら走るのと同じ原理か? ピーッと悲鳴あげるみたいだし」とか、蒸気機関の仕組みを知らなければ幻術に見えたんじゃ?
とまあ、明治の人々は未知の文明に驚き戸惑い恐れたでしょうが、その一方で目を輝かせてワクワク胸躍らせてもいたのではないかと、餡子(あんこ)とホイップクリームが仲良く入ったパンを頬ばりつつ想う早春でした。