“書くことの闇の魅力”を描くサイコ・ミステリ『恐怖小説 キリカ』澤村伊智
[レビュアー] 円堂都司昭(文芸評論家)
『恐怖小説 キリカ』は、澤村伊智が『ぼぎわんが、来る』で第二十二回日本ホラー小説大賞を受賞し、作家デビューしてから、第三作『恐怖小説 キリカ』を完成させるまでの物語だ。作中には、KADOKAWAと講談社の担当編集者が登場するし、受賞時の選考委員であり本の帯に推薦文を寄せた貴志祐介もちらっと出てくる。小説家として歩み始めた著者自身の現実をモデルにした内容なのだ。
澤村には小説を書いて互いに読みあう創作仲間がいた。だが、そのうちの一人は彼のデビュー作について、コンプレックスのために世の中を呪い、女を見下していると、偏った読みかたをフェイスブックに書きこんだ。そのうえ、作家は不幸であるべきだと主張して嫌がらせをするようになり、澤村の愛妻・霧香にまで危険が迫る。
澤村は、編集者から意見を聞いて受賞作の原稿を手直しし、二作目、三作目へと向かう。書くことが彼の日常の軸となる。それは同時に、ネット上に以前の仲間からあることないこと書かれ、どこの誰だかわからない読者たちに好き放題に酷評を書かれる生活の始まりでもあった。怖い話を書く側の彼が、寝首を掻かれるような状況になるのだ。トラブルへの対応でメールのやりとりもしなければならず、書きたいものだけを書くわけにはいかない。そんななかで澤村は、抱えていた秘密を隠し通せなくなる。
前二作と同じ三部構成をあえて再び選び、事態を大きく変転させる手つきは見事。想像すること、書くことの闇の魅力に引きこんでいく。読後には、作家デビューしようと思ったり、本の感想をネットへ気軽にアップしたりするのが怖くなる。