【ニューエンタメ書評】堂場瞬一『報い 警視庁追跡捜査係』、水生大海『だからあなたは殺される』ほか

レビュー

8
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  • 狩人の悪夢
  • 報い : 警視庁追跡捜査係
  • いちばん悲しい
  • 異国の花 : 着物始末暦 8
  • だからあなたは殺される

書籍情報:版元ドットコム

ニューエンタメ書評

[レビュアー] 大矢博子(書評家)

三寒四温の季節です。
春の訪れはうれしいけれど、“あれ”に悩まされている方も多いのでは──。
今月は、そんな方にもおすすめな8作を紹介します!

 なんだかんだ言って春は近づいている。その証拠が、妖精の住む森の奥にある清らかな泉のごとく渾々と湧き出る、このハナミズだ。
 KA・FU・N★
 ……漢字で書くと字面を見ただけでハナミズが出そうだったので、ちょっと可愛く表記してみたが、やっぱりダメだ。頭が働かないのは脳が溶けて鼻から出ているからに違いない。
 頭が働かないから脳をギュウギュウに絞るミステリは読めない、という人も多いかも。そんなあなたに、謎解き以外にも読みどころの多いミステリをどどんと紹介しよう。
 ドラマにもなってファン層が一気に広がった有栖川有栖の火村&アリスシリーズ最新刊が『狩人の悪夢』(KADOKAWA)。アリスが人気ホラー作家の自宅に招待され一泊する。ところが翌日、隣家で人が死んでいるのが発見された。しかもその死体には片方の手首がなくて……。
 いつも思うのだが、有栖川有栖の作品というのはどうしてこうも、当たり前のようにスタイリッシュなのだろう。落雷による倒木で現場は一定時間だけクローズドサークルだったことや、そこで眠ると必ず悪夢を見ると言われる部屋、手首のない死体などなど、いくらでもおどろおどろしくできそうな道具立てなのに、この火村&アリスシリーズはとことん現実的で都会的でスマートだ。
 猟奇犯罪を扱っていても、舞台や人物造形に芝居がかった演出はいっさい無く、描かれる世界はとてもナチュラルなのが有栖川作品の特徴。火村&アリスは関係者のいない場所では軽口も叩くし、地の文でユーモラスにツッコむし、遅筆を反省するアリスや喫煙チャンスを逃さない火村など身近な生活感もある。それがリアルで読者に余計なストレスがかからず、とても心地いい。なのに謎解きの場面になると一転、緻密に組み上げられた推理で犯人を追い詰めるのだからたまらない。この緩急の巧さ!
 バディものをもうひとつ。堂場瞬一『報い 警視庁追跡捜査係』(ハルキ文庫)は書斎派・西川とアウトドア派・沖田のコンビがコールドケースに挑むシリーズの七作目だ。
 ひょんなことから二年前の強盗致死事件の手がかりが見つかり宇都宮へ行く沖田と、七年前の強盗殺人事件を見返す西川。例によってこの二つの捜査がリンクする。
 堂場瞬一の食事場面の巧さは有名だが、今回はもう、餃子に尽きるね。沖田が食べる宇都宮餃子の美味しそうなことと言ったら。西川がランチに食べた生姜焼きやナポリタンも印象的だ。どうして堂場瞬一の手にかかると、缶コーヒーですら美味しそうなのか。
 だが決して観光グルメが売りのシリーズではない、というところがミソ。食事や嗜好品をとる場面は、あくまでも人物造形の一端なのだ。餃子に瓶ビールという絵面が最高だと喜ぶ沖田、生姜焼き定食ならキャベツがついてくるから野菜もとれると考える西川。実に性格が出ている。こういった細部が人物を浮き上がらせるのだ。刊行の間があいてもページをめくればすぐに「あの人だ!」と思い出すのは、「この人ならこう言いそう、こう動きそう」と読者がすぐに想像できるくらい、人物を描きこんでいるからに他ならない。
 まさきとしか『いちばん悲しい』(光文社)は心にズシンと来るミステリだ。路上で発見された中年男性の死体は、二台の携帯電話を持っていた。片方には女性がひとりだけ登録されており、警察がその女性のもとを訪ねたところ、死体の男性は偽名を使って彼女と不倫の関係にあったことが判明。しかし彼女はそれを頑として認めず、彼の名乗った名前が本名で、自分だけの恋人だったと主張する。怒る本妻、息子を庇う母親、エスカレートする不倫相手。彼を殺したのはいったい誰なのか……?
 って、いや、誰が殺したっていうよりも、もう怖い怖い。捜査が進むにつれて被害者に関わったいろんな人たちが登場するのだが、それぞれが「私がいちばん可哀想」って思ってるのが怖い。人間関係を追うミステリだったはずが、その言葉が出た途端、エゴについてのミステリに変貌する。
 関係者は皆、それぞれの事情や背景を持っている。物語を持っている、と言い換えてもいい。直接手を下したわけではなくても、それらの物語が絡み合って事件は起きた。そのそれぞれの物語が実に壮絶で圧倒される。誰が犯人かというより、皆が皆「私がいちばん可哀想」と思うに至った背景こそが、このミステリの主眼である。
 ここで時代小説を一冊差し込ませていただこう。中島要『異国の花 着物始末暦』(ハルキ文庫)だ。仕立て直しからシミ抜きまで着物のことなら何でもこなす始末屋・余一と、彼をとりまく人々を描いた人気シリーズもついに八巻を数えた。
 この八巻でついに、余一とお糸が祝言を挙げる。ただもちろんすんなりとはいかない。お糸は実家の一膳飯屋の手伝いを夜遅くまで続けなくちゃならないし、余一は不器用だから、新妻に何をしてやればいいのかわからない。その一方で吉原一の花魁・唐橋の身請が決まった一件が語られ、夫婦とは何なのかを見つめ直す巻になっている。
 え、今回はミステリを紹介するんじゃなかったのかって? いや、そうなんですけどね、ここにどうしても『異国の花』を入れたかったのよ。だって気付いちゃったんだもん、ここまで紹介した作品が『狩人の悪夢』『報い』『いちばん悲しい』って、しりとりになってたことに! そしたらやっぱり次は「い」から始めたいってもんでしょう。……はい、どうでもいいですよねすみません。
 で、「な」で始まるミステリを探したけど見つからなかったので、あきらめてちゃんとやります。
 今月最大の収穫は、水生大海『だからあなたは殺される』(光文社)。若い女性の無残な撲殺死体が発見され、立川署の刑事・汐崎は手柄を立てるチャンスとばかりに張り切る。ただ心配なのは妹の優羽のこと。両親の離婚で離れて暮らしていたが、母親の死で一人暮らしになってしまった高校生の優羽を案じ、十年ぶりに同居を始めたところだったのだ。
 しばらく家を空けることになるが、という兄に対し、優羽は怖がるどころか捜査に協力しようとして、かえって兄をハラハラさせてしまう……と書くと、跳ねっ返りの妹に振り回されるお兄ちゃんというラノベみたいに見えるがとんでもない。硬派でダークな真正面からのサスペンス小説なのである。
 まず絶妙なのが情報の出し方だ。死体を目撃した認知症の老人と、どこか様子がおかしいその孫娘。すっごく怪しいんだけど何が怪しいのかわからない。そんなエピソードが随所に差し込まれ、読めば読むほどモヤモヤが募る。あと少し何かピースがあれば繋がるのに、という宙ぶらりんな状態に置かれ、先が気になって仕方ない。もう一気読みだ。
 そして最後まで読むと……驚くぞ。あれもこれも、こんなところまで伏線だったのか、とひっくり返るぞ。とりあえず驚きたければ、今月はこの本を読んどけ!
 すばる文学賞を受賞した春見朔子『そういう生き物』(集英社)も、実にいい。薬剤師の千景のもとに、ひょんなことから身を寄せることになった高校時代の同級生・まゆ子。このふたりの、ゆるゆると流れる日々を綴った物語で、すばる文学賞という賞のカテゴリで言えば、純文学ということになる。が、実はミステリ的趣向も大きいのだ。
 本書の最大の謎は、千景とまゆ子は高校時代、どんな関係だったのか、というところ。読み進むうちに読者は「こういうことか」と見当をつけるはずだ。だがおそらく、その予想ははずれる。本書のテーマはジェンダーだが、ジェンダーがいかに多様なものかがわかるだろう。
 何より本書は文章がいい。透明で、読者の細胞にすっと染み透るような文章だ。これも今月の大収穫。
 大好きなシリーズの初試みの短編集が出た。初野晴『ひとり吹奏楽部ハルチカ番外篇』(角川文庫)は、アニメ化、そしてこの春に実写映画も公開される「ハルチカ」シリーズのスピンオフだ。舞台となっている高校吹奏楽部の部員たちがペアを組んで、持ち回りで視点人物を務める。
 従来の「ハルチカ」は、穂村千夏という青春暴走女子高生が語り手を務めているため、とにかく笑えるのが特徴。翻って本書は、真面目な芹沢さんやムードメーカーのカイユ、物静かなマレン、片桐部長などそれぞれ異なる人物が語り手となっているので、まずはいつもとの文体や感性の違いを味わっていただきたい。
 それぞれの短編にハルチカらしい謎解きが入っているのはもちろんだが、白眉は表題作にもなっている「ひとり吹奏楽部」だろう。部員がたったひとりだけだった時代の部活ノートに「この五人がそろえば、優秀な指導者が去っても、部員が減っても、なんとか持ちこたえることができる」として五つのタイプが挙げられている。読者は自然と、ハルチカのメンバーをこの五つのタイプに当てはめてみるだろう。同時に、自分はどのタイプなのか、どれかの役割を果たせているか考えるに違いない。
 高校の部活はたった三年だ。だがその三年は何物にも代えがたい、永遠の三年なのだと胸が熱くなる。いや、部活に限ったことではない。何かに打ち込んだ宝石のような歳月を、誰しも持っているのではないか。
 最後に松尾由美『ニャン氏の事件簿』(創元推理文庫)を。話を聞いただけで、凶悪な事件を鮮やかに解決する安楽椅子探偵は、なんと猫! 当人、いや、当猫はニャニャニャとしか言わないが、側近の老紳士が真面目な顔で「~ですニャ」と通訳するのだ。わっはっは。素っ頓狂な設定を力技でコージーに仕上げる松尾由美の真骨頂である。しかし、ふざけてるように見えて謎解きはガチの本格。特に第一話「ニャン氏登場」は鮮やかだ。
 KA・FU・N★にやられそうな日は、引きこもってミステリに耽溺するのも一興。ただし本にハナミズを落とさないよう気をつけて!

角川春樹事務所 ランティエ
2017年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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