有栖川有栖『狩人の悪夢』〈刊行記念インタビュー〉ホラー作家の周りで悪夢のような事件が起こり……。火村英生シリーズ最新長篇の登場。

インタビュー

82
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

狩人の悪夢

『狩人の悪夢』

著者
有栖川 有栖 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041038857
発売日
2017/01/28
価格
1,728円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

有栖川有栖『狩人の悪夢』〈刊行記念インタビュー〉

火村英生シリーズ最新長篇の〈事件〉は、落雷で倒れた大木が道をふさぎ、車での往来が一時断たれた袋小路の集落で起こる。矢で首を貫かれ絶命した被害者は、なぜか右手首を切断されたうえ持ち去られていた……。

1

――新作『狩人の悪夢』は、電子書籍雑誌「文芸カドカワ」(二〇一六年五月号~翌年一月号)に連載されたもの。今年(インタビューが行われた二〇一六年)一月から三月にかけて、テレビドラマ『臨床犯罪学者 火村英生の推理』が放送されているときに書き始められたのですか?

有栖川 いや、テレビドラマをやっていた期間は、ただの一行も書いていません(苦笑)。本当はドラマが始まるときに新作が出るのが宣伝効果抜群で、遅くても放送直後ならと思ったけれど、ずっとアイデアがまとまらなくって。出版時期だけでいうなら、もう大失敗。

――テレビドラマ版を観たことで、新作に何か影響が及んだというようなことは?

有栖川 どうなんでしょう。本人は、ないつもりです。むしろテレビで初めて火村シリーズのことを知った方は、脇役の面々も含めて原作はだいぶ様子が違うぞ、と思われるんじゃないでしょうか。

――個人的に、斎藤工は長年抱いてきた火村英生のイメージとばっちり合いました。

有栖川 斎藤さんは、そもそも探偵役というのがすごく似合いますね。声が良くて、とにかく言葉に説得力を持たせられる役者さんだと思いました。火村にぴったりだったと言うとおこがましい。金田一耕助だって演れるはずです。

いよいよ長篇モードに突入!

――前作『鍵の掛かった男』は、火村シリーズの長篇作品としてはじつに九年ぶりの刊行でした。その際のインタビューで、「これからしばらく火村物の長篇を量産したい」と仰っていましたね。

有栖川「量産」と言ったかどうかはわかりませんが、短篇の依頼を受けるのをすこし控えて、長篇モードに入ったことは確かです。一年に最低でも一作。続けて五、六作は火村物の長篇を出したいですね。

――長篇のためのアイデアをいくつも温めているわけですね?

有栖川 いえ、まったくない。それだけは言える(笑)。今回の『狩人の悪夢』だって、『鍵の掛かった男』を刊行したあと、何もないところからのスタートです。解決の手順さえ固まりきっていない状態で連載を始めたから、書いている途中、ずっと怖かった。犯人が誰なのか答えを知っていることだけを頼みに最終回までたどり着いた感じです。

――『鍵の掛かった男』はハードボイルド風に展開して新境地を開いた感がありましたが、今度の新作はみごと“先祖返り”したよう。

有栖川 「犯人当て、やってます」みたいな(笑)。

――京都は亀岡市郊外を舞台にした、お得意の閉鎖空間物でもあります。

有栖川 クローズド・サークルだと思って書いていなかったですけどね。一本道が車では通れなくなったけれど、人は出入りできたから。まあ、容疑者は袋小路の中に限定されてくるので、オーソドックスな本格ミステリーですよね。
 エドガー・アラン・ポオに始まる本格ミステリーはやがて犯罪小説へ移行してゆく、というジュリアン・シモンズ的な進歩史観は、いわゆる〈新本格ミステリー〉のムーブメントが一九八〇年代に起きたことで乗り越えられたはずです。ミステリーの歴史のなかで、ハードボイルドや社会派ミステリーが主流となった時期があったわけですが、二〇一六年の今現在ミステリーを書いている人間として言わせてもらうなら、すべては「手札」だと思うんです。こんな書き方もある、こんなやり口もある。使いたいときに使えばいい手札を先人が作り出し、並べてくれている。今回書きたかったアイデアや小説としてのテーマを表現するのに、オーソドックスな犯人探しが最適の手札だと思ったから選んだわけです。

――新作のタイトルはすんなり決まったのでしょうか?

有栖川 悪くはないけれど、もっと相応しいタイトルはないかと迷っていたんです。○○の○○って、ミステリーのタイトルでは一番ポピュラーでしょう? 『高層の死角』とか『双頭の悪魔』とか、収まりはいい。今回、狩人のナントカの悪夢、と「悪夢」の前にひとつ修飾語を考えていたんですが、結局ダイレクトに二つをつなげることにしました。「狩人」といえば、シリーズ読者は火村のことを連想するだろう。そうすると、火村が見る悪夢の話なのか、それとも誰かの悪夢の中に火村が出てくる話なのか曖昧さを含んでいる。読んでみないとわからない“誘い”にはなっているかな。

名探偵・火村英生の宿敵とは?

2

――犯罪者を標的にする狩人、火村の推理が今回も犯人を鋭く追い詰めます。

有栖川 今度の作品は、当初は犯人の視点から描こうと思っていたんです。『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』風の、いわゆる倒叙ミステリーですね。犯人が誰かは小説の冒頭か真ん中くらいで割って、追われる側の心理をサスペンスフルに描こうと。下手な証拠は残していないはずだと安心していたら、現場に乗り込んできた社会学者がどんどん迫ってくる。時々、短篇では犯人の目に火村がどう映っているか描いていて、それの長篇版をやってみたかったのですが、結局迷ったすえにオーソドックスな語り口を選びました。火村物の倒叙スタイルの長篇はまたの機会に持ち越しです。

――今後、火村と犯人の対決劇を前面に押し出していきたい?

有栖川 解決篇では強く押し出したいですね。そんなことを言うと、最後に対決して面白そうなやつが犯人だろうと読者に当たりをつけられてしまうか(笑)。

――テレビドラマ版では火村の〈宿敵〉と言うべきキャラクターが登場していました。原作の火村も、例えばシャーロック・ホームズにとってのモリアーティ教授のような宿敵の出現を待ち望む気持ちがあるのでしょうか?

有栖川 それは、ない。火村に宿敵はいらない。なぜなら、彼の宿敵は自分だから。真の敵は火村の内側にこそいるので、誰かを言い負かしたから終わりにはならないでしょう。

――「人を殺したいと思ったことがある」と語る火村の過去に絡むものですね?

有栖川 そう、自分の内側にある“まだ決着のつかない部分”こそ火村の最大の敵です。
 火村に宿敵はいらないけれど、計画性が高く用心深い強敵がどんどん現れるようにしないとね。名探偵シリーズは、読者が本の背表紙を見ただけで「ああ、この作品の犯人はあんなやつだったな」とすぐに思い出してもらえるのが理想でしょう。

――有栖川さんの二大名探偵キャラクターは、穏やかな〈水〉のイメージで造形された江神二郎と〈火〉のごとく激しい火村英生、と対照的。火村について特にモデルにした名探偵はいますか?

有栖川 一番近いのは、やっぱりシャーロック・ホームズでしょう。それは周囲の人間関係を含めてのことで、ホームズと友人ワトスンとの関係性を引用して火村とアリスは配置されています。
 名探偵像については、ド真ん中が空いていたと思っているんです。今回の『狩人の悪夢』でもわざとやったんだけれど、火村は謎解きの場面で「あなたが犯人だ」と言いながら“狩りの標的”をビシッと指すんです。そんなあからさまなポーズを、過去の名探偵たちはあまりやっていないでしょう? 飄々たる金田一耕助は絶対にしないだろうし、エラリー・クイーンだってそこまで芝居じみていない。

――確かに火村は“絵に描いたような名探偵”という印象です。

有栖川 ミステリー作家は皆、ド真ん中の名探偵像からちょっと外してきたんです。冴えない老人を探偵役にしたり、探偵をするとは思えない職業の人物を探偵役にしたり。恰好いい探偵が謎解きをして、最後に犯人との激しい応酬があるような、そんなド真ん中を火村シリーズは狙ったんです。

これまでとこれからの三十年

3

――火村とアリスは永遠の三十四歳。ですが、新作の終幕で、長年の準レギュラーの“人生の時”が進んでビックリしました。

有栖川 でも、あることじゃないですか。時間が止まっているシリーズでも、微妙に変化は起きる。あのエピソードはその場の思いつきではなく最初から考えていたんです。火村の人間味の部分も出てくるし。

――火村はさておいても、アリスにはこの先、私生活で大きな変化が起こることが?

有栖川 先のことはわかりませんが、時間が流れることはあり得ます。火村とアリスが三十二歳のときからシリーズを始めて、三十四歳で時を止めて久しいですけれど、あるときから三十六歳になりました、というバージョンが始まるかもしれない。急に二人が五十歳になることはないと思うけれど(笑)。

――来年(二〇一七年)で〈新本格ミステリー〉のムーブメントが勃興して三十年。何か執筆環境に変化はありますか?

有栖川 加齢以外で? 三十年前は若造だったのにね。
 相変わらず「今書いているものに一生懸命」で、「次に書くネタはないが、俺、大丈夫か」という状態です。あれやこれや使える素材は増えていますし、あとはそれを活かすアイデアを頑張って捻り出していかないと。

――ここ最近、青崎有吾や白井智之をはじめ二十代の本格派作家の活躍が目立って、ジャンルが再活性化しているようです。

有栖川 昔好きだった言葉は「世代交代」、今嫌いな言葉は「世代交代」(笑)。
 それは冗談として、やっぱり新しい人が出てこないとジャンルは活性化しない。同じタイプの本格派の若手がどんどんデビューしているのなら焦る気持ちも出てくるだろうけど、狙っているところやスタイルが違うから一緒に本格ジャンルを盛り上げていければいいと素直に思えますね。読者はもっと掘り起こせるはずなんです。

――デビュー長篇『月光ゲーム』(一九八九年)から遡ること三年、アンソロジー『無人踏切』に江神物の短篇が採られたときから数えれば今年がキャリア三十周年だった有栖川さん。この先三十年の目標は?

有栖川 老い先、どんな作家になりたいかと言われれば、アガサ・クリスティーですね。八十歳を過ぎてもまだ年に一本、おなじみの名探偵が出てくる長篇を書き続けた。それをファンが皆、首を長くして待っていたんだから、あんなに恰好いいことはないよね。

(二〇一六・十二・十六 於/ホテルグランヴィア大阪)

有栖川有栖(ありすがわ・ありす)
1959年大阪府生まれ。同志社大学法学部卒。89年『月光ゲーム』でデビュー。2003年『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞 長編及び連作短編集部門を、2008年『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞を受賞。本格ミステリ作家クラブ初代会長。近著に『幻坂』『菩提樹荘の殺人』『怪しい店』『鍵の掛かった男』などがある。

取材・文|佳多山大地  撮影|迫田真実

KADOKAWA 本の旅人
2017年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • このエントリーをはてなブックマークに追加