阿川佐和子×遠藤龍之介×斎藤由香×矢代朝子 座談会〈後篇〉/文士の子ども被害者の会

対談・鼎談

5
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「町田市民文学館ことばらんど」開館10周年記念座談会〈後篇〉 阿川佐和子×遠藤龍之介×斎藤由香×矢代朝子/文士の子ども被害者の会

阿川佐和子さん、遠藤龍之介さん、斎藤由香さん、矢代朝子さん

あんな父のもとに生まれた悲劇……のはずが、聞く者をして思わず哄笑せしめる思い出話の連続です。

 ***

阿川 遠藤さんはお父さんとして怖い側面はありませんでしたか?

遠藤 サラリーマンでも職場にいる時は怖い、うちに帰ると怖くないとかありますが、作家の場合は職場が自宅なものですから、怖い時と怖くない時の区別が子どもにはつきにくいんですね。間違った時に近づくと怒鳴られたりして、やっぱり怖かったですよ。

阿川 うちは怖くない時がなかった(会場笑)。ずっと一貫して怖かった。

遠藤 佐和子さんが書かれた『強父論』で一番感動したのが、お誕生日の時に何でも買ってやるっていう話でした。

阿川 あれは小学校一年か二年の時の誕生日なんです。父が急に「今日はおまえの誕生日か。よし、何か買ってやろう。何が欲しい?」って。え、私、何か買ってもらえるの? えーと、あれとあれとあれと……とか考えていたら、せっかちですから、「よし、うまいもの食いに行こう」。あっという間に、ご飯を食べに行くのが私のプレゼントだと決まって、まあ、しょうがないかと思いながら、父の運転する日野ルノーという車で出かけたんです。母が助手席、私と二歳上の兄が後ろに乗って。

 中華料理屋さんか何かに行って、食べてる間には珍しく事件が起こらなかったんですよ。子ども心にも無事にすんだなと思って、その店を出た途端に、誕生日が十一月なもので、ビューッと北風に当たって、私が思わず「寒い!」って言ったの。そしたら父がたちまち「何と言った」「え?」「寒いとは何だ。今日はおまえの誕生日で、おまえのために俺がわざわざお祝いに中華料理店でご馳走してやった。その父親に向かって、第一声が『寒い』とは何だ。ふざけるな!」って怒鳴り始めて、近くの駐車場まで怒鳴って歩いて、車に乗ってからも怒鳴り続けて、ずっと私がギャーッて泣いていても、まだ怒鳴りやまずに車を走らせて。

 普段の母は、父が激高している時はなるべく口を出さない方がいいという態度なんですが、あんまり続くので、「もういいんじゃないですか。佐和子もわかったと思いますよ」って口を挟んだら、「何だ! おまえは子どもの肩を持つのか。大体おまえの教育が悪いから、子どもがこんなことになるんだ。どういうつもりだ! 嫌なら出ていけ!」って車を急停車させて、母を降ろしたんです。

 子どもとしては、母ともうこれで生涯会えないと思ったんですね。ますます泣きだしたら、「うるさい!」って言われて、ウッウッウウッてしゃくり上げながら家へ着いて、兄と二人でお布団敷いて、寝支度を整えていたら、父がやって来て、「佐和子!」「はい、ウッウッウッウッ」「わかったのか!」。もう地獄みたいですよ。母はいないし、父は仁王立ちだし。「わ、わかりました」「何がわかったのか説明してみろ!」。なんだかわかんないので、とりあえず「ウッウウッ、佐和子がいけなかったです」「よし。寝なさい」。それで、しゃくり上げながら寝て、翌朝起きたら母がいたので、ああ、よかったと思った、という誕生日でした。

遠藤 壮絶なお話ですよね。

矢代 驚かない、私は驚かないですよ。

阿川 あ、矢代さんちも?

矢代 そういうの、わが家も日常茶飯事でしたから。うちの父もやっぱり自分中心で、もう自分が一番大事なの。父にとって一番嬉しい日は、原稿を渡した日と、自分の書いた芝居の初日がうまくいった時なんですよ。脱稿した日は朝からビール飲んでるし、初日が無事開いた夜なんかは、私たちが自分の部屋で勉強しているとドアをがんがん叩くのね。「パパはこんなに嬉しいのに!」ってドアの外で声がする。要するに自分のこんなに嬉しい日に、家族が静かってことはおかしいって発想なわけですよ。でも、こっちも試験前とかだと、「パパ、ごめん。勉強しなきゃいけないから」。そうするとね、北先生もそういうところがおありだけど、メモ用紙をドアの下に差し込んでくるんです。で、「パパは今日、嬉しい日」とか、子どもの手紙みたいなことを書いてくる。

阿川 ちょっとかわいいじゃないですか。

矢代 そういうところがズルイんです。妙に憎めない、みたいな手も使うの。

 結局、わが家の一番幸せな日は舞台の初日だと叩き込まれた子どもにとって、人生の価値は芝居に置くようになるんですよ。だから、私も最終的には芝居の世界に入るだろうなと考えて、父に反対されると思いながらも伝えると、「だったらもう大学なんか行くな。頭なんかあっても仕方ないぞ、女優は」。それで私は高卒で文学座を受けたんです。

新潮社 波
2017年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • このエントリーをはてなブックマークに追加