『不時着する流星たち』
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物語が、誰かの記憶が、立ち上げた新たな物語――
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
この短篇集に描かれているのはいま私たちがいるこの世界、懐かしさと同時に現実ではない心もとなさを覚える世界である。
各篇の最後に、その小説を書くとき作家がインスパイアされた物語や人物の記憶が紹介されている。その一点で、空想上の物語は現実につなぎとめられ、この世界と地続きのどこかにあることが確認できる。
悪と戦う少女たちの世界を描いたヘンリー・ダーガーと、誘拐された記憶をくり返し妹に語る姉の話(「誘拐の女王」)、ナニー(乳母)として生涯を送りながら膨大な写真を撮りためていたヴィヴィアン・マイヤーと、葬儀に立ち会う“お見送り幼児”とその叔母が出会うナニーの話(「手違い」)など、なるほどと頷ける組み合わせもある。
十篇の中には、着想のもとになったエピソードを教えられても、それがどうやってこの小説になるのか、作家の想像力の自在さ途方もなさを思い知らされるものもある。「臨時実験補助員」には、手紙を街にばら撒いてどのように戻るかを見るという、まるでこの作家が小説のために考案したような実験が出てくるが、服従実験で知られるミルグラムが実際に行っていたと知って、小説世界と現実が逆転したような錯覚を覚えた。
魅力的なタイトルに象徴されるように、登場人物たちは孤独で秘められた世界に生きており、世界を共有できる誰かを見つけようとしている。ぶじ相手を発見できたとしても、ともに過ごせる時間は限られており、その関係性は、はかない。孤独を確認するだけ、ということもあるが、それでも人は「同志」を求め、自分自身を救おうとする。
それは物語と物語の関係にも重ねることができる。ひとつの物語、誰かののこした記憶もまた、流星のように不時着する。ようやくたどりついた場所で、まったく新しい物語が立ち上がるための核となることもあると、この本は示している。