乱世の雄「張作霖」、その爆殺への軌跡

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張作霖 : 爆殺への軌跡一八七五-一九二八

『張作霖 : 爆殺への軌跡一八七五-一九二八』

著者
杉山, 祐之, 1962-
出版社
白水社
ISBN
9784560095348
価格
2,860円(税込)

書籍情報:openBD

21世紀資料による本格評伝 乱世の雄の相貌が明らかに

[レビュアー] 小山太一(英文学者・翻訳家)

 最初に白状しておこう。張作霖という人物について、私はこれまできわめて大雑把なイメージしか抱いてこなかった。満州事変以前の中国東北地方を支配していた軍閥の親玉で、蒋介石の北伐軍に敗れて奉天へと逃げ帰る途中で関東軍に爆殺された人─そんなところが、受験世界史的な知識のほぼ全てだった。

 だが、この本に出会ったことで、張作霖の人物像がにわかに立体性を帯びはじめたのである。張が無名から身を起こして東北に覇を唱え、やがて中国近代の巨大なパワーゲームに飲み込まれるようにして凋落の道をたどるさまを、著者は巧みな手綱さばきで活写してゆく。時に大胆、時に細心、驚くほど人情に篤いと同時に酷薄非情な陰謀家でもあるという張の複雑な性格も、眼前に見るがごとく鮮やかに描き出されている。

 ここぞという勘所を突いて、ぐっとくるエピソードやせりふが投入される。例えば、「緑林 [※侠客の世界]の黒い飯を食っていても、行き場はないぞ」という若き張作霖の言葉。この引用によって、一気に視界が開けた気がした。この青年は、私が何となく思い込んでいたようなアウトローのボスとは訳が違う。小規模な自警団を率いていた頃から、彼は常に「官」を志向してきたのだ。

 清末・民国初期の動乱期に張作霖が権力の階段を駆け上がった要因は、周囲を惹きつける人間的魅力だけではない。時代と権力の動きを読んで他に先んじる頭脳を備えていたことも、また大きい。合理性・近代性を重んじ、教育に深く意を用いる張の姿は、「軍閥」という言葉の大時代な響きと鋭い対照をなしている。

 だが、その張にして、中国全土を巻き込んだ大乱には翻弄され、精彩を失わざるを得なかった。天下取りの誘惑に勝てなかったのか、「東北王」に安んじることを時代が許さなかったのか─その点は、本書に当たってじっくりと考察を。

新潮社 週刊新潮
2017年3月2日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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