『深い穴に落ちてしまった』
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深さ7メートルの穴に落ちた兄と弟の運命は――
[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)
〈北には山脈が横たわり、海ほどもある湖がぐるりを囲んでいる森。そのまん中に穴がひとつ、口をあけている〉。スペインの作家イバン・レピラの小説『深い穴に落ちてしまった』は、タイトルそのままに、兄弟が深さ七メートルのすり鉢状になった穴に落ちてしまい、そこで三ヶ月近くをサバイブする物語だ。
大きく強い兄と小さくひ弱な弟は、地面から湧きでる泥水をすすり、イモムシやミミズ、飛んでくる虫、幼虫、木の根などを食べ、何とか生き延びようとがんばる。穴の淵を見おろすオオカミの群れにも、石を投げ、打ち勝つ。虫たちの数が減り、どんなにお腹がすいても、持っていた袋の中の食べ物には手をつけない。なぜなら、それは〈母さんに渡す食いもの〉だから。
二人はどうして穴に落ちてしまったのか。助かるのか。どうやって、助かるのか。一刻も早く理由と結末が知りたくて、ページを繰る指が早くなる自分がいる。でも、物語の半ばを過ぎるとそんな謎はどうでもよくなり、同じフレーズを何度も読み返している自分がいる。
〈人間は、ドアも窓もない壁に閉じこめられて生きなくちゃいけないの? 生きているあいだには、これよりもっとましなものが先にあるっていうの? あるんだよ、兄ちゃん、あるんだ! ボクは知ってるんだ。だれにも見えない頭のなかには、ボクを押さえつけるものなんてひとつもないんだから。それは壁もないし穴もない、ボクだけの場所なんだ〉〈ねえ、想像してみて〉〈押さえつけられたり、無視されたりしてる人たちがいることがあたり前になって、みんながそういう人たちをおとなしい家畜か、ミイラか家具みたいなものとしか思わなくなったらね、そのときに檻の鍵を開けるんだ〉〈そしたら、自由になった炎が燃え広がって、どんな冬だって立ち向かえない無敵の夏が来るんだよ〉