〈大人のための「暗黒童話」〉生きることにつきまとうやるせなさをあぶりだす傑作ブラックファンタジー

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

無貌の神

『無貌の神』

著者
恒川, 光太郎
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041052693
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

世界で一番美しい坂道の途中で

[レビュアー] 坂木司(作家)

 恒川光太郎は「風」の作家なのだと思う。風それ自身には意志がなく、けれど確実に方向性や力を持っている。その風が時代のそこここでそよりと、ときにごうごうと吹き荒れる姿を描き続けるのが、恒川光太郎という作家の姿勢ではないのかと、勝手に思っている。

『無貌の神』は、恒川光太郎が得意とする「囚われたものたち」がモチーフの六作からなる連作短編集だ。表題作『無貌の神』は、これぞ恒川作品、という神話的な世界観で幕を開ける。顔のない神を盲信する人々の村で起こる対価と代価の物語。ここまでは、いつもの恒川節と言っても過言ではない。しかし読み進めておやと思ったのは、そこに歴史の影がたなびいていたから。それは先を追うごとに色濃くなり、二作目の『青天狗の乱』では舞台が伊豆の流刑地に、三作目の『死神と旅する女』では影の近代史が描かれる。

 そしていつもながらうまいなと思うのは、次の作品との間に流れるイメージの連鎖だ。たとえば『青天狗の乱』の後、『死神と旅する女』の冒頭に「天狗の面をつけた男」が現れる。そしてさらに同じ作中に「時影さま」というキャラクターが登場し、次作『十二月の悪魔』の冒頭、「影男」という名前へ印象をつないでいる。このゆるやかな風が各短編を通じて吹くことで、時代も国も違う物語たちは、一つにまとまってゆくのだ。

 とまあここまでは「いつもの」美点である。それだけでも充分すごいのだが、本書で恒川光太郎はもう一つ先の扉を開いている。それは「自由であれ」というメッセージだ。これまでの作品で主人公たちは、囚われた世界でもがきはするものの、「生きよう」とはしてこなかった。けれど本書ではほとんどの主人公が、謎という霧の中で顔を上げ、主体的に走り出すことで風を手に入れ、ひいては「人として」生きることを選ぶ。それが顕著に現れているのが五作目『廃墟団地の風人』と、六作目『カイムルとラートリー』だ。特に『カイムル〜』はヒトに囚われた獣と足が不自由な姫君(肉体の檻)とが自由を取り戻す、ひとすじの光の矢のような物語である。余談ではあるが、放たれた彼らの駆けてゆく先は、かつて『幻は夜に成長する』に出てきた彼女が夢見た先のような気がしてならない。

 先に歴史の影と書いたが、本書はいくつかの時代の境目を舞台にしている。それは江戸時代の終わりだったり、第二次世界大戦の開戦前夜だったりとバラエティに富んでいる。が、実は共通するのは時代性ではなく、主人公たちが必然的に「闘わなければならない」状況なのではないかと思う。彼らは神と闘い、神を棄て、自身が荒ぶる神となり、またあるときは時の神に仕える懐刀となる。さらに産まれ落ちた状況に抗い、最後は友と力を合わせて誰かのために闘うことで、己を取り戻してゆく。この主人公の主体的な変化は、おそらくだが連作長編シリーズ『スタープレイヤー』の執筆が鍵となっているのではないだろうか。「わけのわからない」世界で目覚めた主人公たちが知恵を絞り、闘って「人の尊厳」を勝ち取る物語が、ここには見られるのだ(ちなみに本作で唯一違うテイストの『十二月の悪魔』では、主人公が「闘っている」「つもり」であることから、悲劇的な結末を迎える)。

 ところでここから先はごく個人的な感想なのだが、本書で私は二度驚いた。タイトルを書くとネタバレになるので伏せるが「恒川光太郎が本格ミステリ!」と「恒川光太郎が平山夢明!」とだけ言っておく。このワードが魅力的に響く方には、強く本書をおすすめする次第です。あと、『死神と旅する女』はタイトルからして「恒川光太郎が江戸川乱歩!」なので好きにならずにいられませんでした。デビュー作を含めたベスト3に入れたい。あ、主演は黒木華さんでお願いします。

 色々書きましたが、とにかく「こんなに興奮してる奴がいるんだから、面白いんだろうな」と思っていただければ幸いです。

KADOKAWA 本の旅人
2017年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク